詩百篇第9巻47番


原文

Les soulz signez1 d'indigne2 deliurance,
Et3 de la multe4 auront contre5 aduis,
Change6 monarque7 mis en perille8 pence9,
Serrez10 en caige se11 verront12 vis à vis13.

異文

(1) soulz signez : soubz signez 1590Ro 1591BR 1597Br 1606PR 1607PR 1610Po 1611 1716PR(a c) 1981EB, souz-signez 1603Mo 1650Mo, sous signe 1627Di 1627Ma, soussignez 1644Hu 1653AB 1656ECLa 1665Ba 1668 1697Vi 1720To 1840, sousfignez 1667Wi, soubs signez 1650Ri 1716PRb, sous signez 1656ECLb, soubsignez 1672Ga
(2) d'indigne : d'ndigne 1568X, d'vn digne 1590Ro
(3) Et : Er 1568X
(4) multe : mulcte 1656ECL 1667Wi 1668, multre 1720To
(5) contre : contraire 1627Di 1627Ma 1644Hu 1650Ri 1650Le 1653AB 1656ECL 1665Ba 1667Wi 1697Vi 1720To 1840 1981EB, contrire 1668
(6) Change : Changé 1667Wi 1668
(7) monarque : Monarque 1644Hu 1653AB 1656ECL 1665Ba 1667Wi 1672Ga 1697Vi 1716PR 1720To
(8) perille : perilleuse 1653AB 1665Ba 1697Vi 1720To, pareille 1656ECL 1667Wi 1668
(9) pence : trense 1656ECL 1668, transe 1667Wi
(10) Serrez : Serres 1590Ro
(11) se : le 1627Di 1627Ma 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba 1697Vi 1720To 1840
(12) verront : veront 1716PR(a c)
(13) vis à vis : vis-à-vis 1716PR 1720To

(注記1)1656ECL は2箇所で登場しており、それらの原文はほぼ同じだが、1点だけ違いがある。1656ECLa は同書 p.145 の異文で、1656ECLb は同書 p.410 の異文である。
(注記2)版の系譜の考察のために1697Viも加えた。

校訂

 1行目の soulz signez は soussignez の誤記ないし綴りの揺れであろう。マリニー・ローズピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールはそう読んでおり、リチャード・シーバースの英訳もそういう読みを踏まえたものになっている。

日本語訳

恥ずべき解放について(書類の下に)署名した者たちは
民衆からの反対意見を受けるだろう。
君主の交代は危険な思想と位置付けられる。
(彼らは)檻に閉じ込められ、互いに顔を見合わせるだろう。

訳について

 1行目の soulz signez は soussignez (soussignés) として読んでいる。
 難しいのは2行目とのつながり、および2行目の multe の扱いである。ここではエドガー・レオニ、ラメジャラー、クレベール、シーバースがいずれもそう読んでいることから、multe を民衆、群衆の意味にとり、Et を並列とは見なさない読み方をした (中期フランス語の et は alors などの意味もあった)。しかし、multe の中期フランス語での通常の意味は 「罰金」 であり、これが1行目の「恥ずべき解放」と並列的な関係をなしていると見れば、「恥ずべき解放と罰金とについて署名した者たちは反対意見を受けるだろう(持つだろう)」という訳も可能だろう。
 また、contre advis の直訳は「意見(助言)に反対して」の意味だが、実質的に contre-advis と読まれているので、それに従った。後の時代の異文に contraire advis と直しているものが一定数あるのも、同様の読みによるものだろう。なお、現代語には contre と advis (avis) の合成語として contravis というものがあり、法律用語として「取り消し命令」の意味があるが、これは1900年ごろに出現した語であり*1、この詩の読みに機械的に当てはめるべきではないだろう。

 3行目 pence はここでだけ使われている単語で、古フランス語の pense と同一視されている*2。これは現代語の pensée と同じである。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1・2行目 「署名した者の救助は価値がなく/たくさんの逆の忠告から」*3は誤訳。もとになったヘンリー・C・ロバーツの英訳はむしろ通説的な訳に忠実で、The undersigned to a worthless deliverance, Shall have from the multitude a contrary advice,*4(価値なき解放のために署名した者たちは群衆からの反対意見を持つだろう)となっている。
 3行目「かれらの君主は変わり 危険にさらされ」は、pence が訳に反映されていない。もっとも、この行はロバーツの英訳にも問題がある。
 4行目「かごの中にとじ込められるだろう」は、なぜか行の前半しか訳されていない。ロバーツの英訳ではきちんと全部が訳されているので、根拠が不明。

 山根訳について。
 1行目 「署名者たち 不名誉な救出へ」*5は、そう訳せなくもない。
 3行目「君主は変わり ペンスは危険にさらされ」は、前半だけで無理に区切れば成立しなくもない。

信奉者側の見解

 1656年の解釈書では、アンボワーズの陰謀事件 (1560年) 直後のプロテスタントや不平分子の動きに関する予言と解釈した*6
 テオフィル・ド・ガランシエールは、ピューリタン革命に際し、国王チャールズ1世の処刑に同意した署名者たちが、のちに投獄されたことの予言と解釈した*7


 エリカ・チータム(1973年)は、漠然とした詩ではあるが、フランソワ2世の治世に当てはめられるのではないかとした*8。おそらくエドガー・レオニが1656年の解釈書の見解を紹介していたことに触発されたのだろう。
 ジョン・ホーグ(1997年)、ネッド・ハリー(1999年)もこの解釈を踏襲した*9

 セルジュ・ユタン(1978年)は1918年11月11日の第一次世界大戦の休戦条約と解釈した*10

 ヴライク・イオネスクは当初の2冊の著書(1976年、1987年)では一切触れていなかったが、1991年の『ノストラダムス・メッセージ』では、1行目の後半を delivrance d'indigne (汚辱からの解放)と理解し、それを求めて立ち上がった署名者たちを、1989年の中国における天安門事件の学生たちと解釈した。ゆえに2行目も「反対意見」(竹本忠雄訳では「造反表明」)は、署名者たちに向けられたものではなく、政府に向けられたものと理解されている。また、4行目の「檻」は「籠」とも訳せるが、民衆の弾圧に使われた戦車を「鉄籠」に喩えたものだと解釈した。さらに、彼の解釈ではアナグラムによって政府側の鄧小平、李鵬、楊尚昆の3人の名前が隠されているとされた*11
 飛鳥昭雄鏡リュウジ(未作成)などがこの解釈を踏襲した*12

同時代的な視点

 詩の情景は、重要人物ないし都市の解放に合意する文書に署名した代表者たちが民衆から批判されることになる、といったものだろうか。

 ピーター・ラメジャラーは出典未特定としており、他の論者も特にモデルを示していない。

 1558年版『予言集』が実在するかどうかに左右されるが、この詩の初出を仮に1560年代半ばと位置づけられるのならば、1656年の解釈書などで展開されたフランソワ2世の治世とする解釈は、むしろそれをモデルに事後的に作成されたものという可能性を示すのかもしれない。詩の情景はアンボワーズの陰謀事件などに、ある程度あてはまるように見えなくもない。


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  • イオネスク信者なのですが、この詩を六四天安門事件に直接結びつける 彼の解釈には正直、躊躇しています。前半2行が史実に合致していないので。 -- とある信奉者 (2020-03-02 22:53:17)

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詩百篇第9巻
最終更新:2020年03月02日 22:53

*1 『ロベール仏和大辞典』

*2 Le Pelletier [1867b], Leoni [1961], Rose [2002c]

*3 大乗 [1975] p.270。以下、この詩の引用は同じページから。

*4 Roberts (1947)[1949] p.293

*5 山根 [1988] p.300。以下、この詩の引用は同じページから。

*6 Eclaircissement..., pp.410-414

*7 Garencieres [1672]

*8 Cheetham [1973], Cheetham (1989)[1990]

*9 Hogue (1997)[1999], Halley [1999] p.13

*10 Hutin [1978], Hutin (2002)[2003]

*11 イオネスク [1991] pp.228-238

*12 飛鳥(1992)[1998]『1999ノストラダムスの大真実』pp.32-33, 鏡[1994]『世界史・恐るべき予言者たち』pp.154-155