ノストラダムスの大予言 (電子書籍版)


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 1973年に祥伝社から刊行された五島勉の『 ノストラダムスの大予言 』は2014年9月に電子書籍として再刊された。


【画像】 電子版の表紙。印刷版のうち、いわゆる青背版と同じである。

概要

 1973年の『ノストラダムスの大予言』(以下、『大予言』)をそのまま再版したと主張されている。もっとも、当の『大予言』 は初版刊行後、1974年から数年以内 (遅くとも1977年まで) にいくつもの点で少なからぬ加筆や修正を施されていた *1 。この電子書籍版は、そうした改訂を踏まえたものが再版されている。

 印刷版との違いは、「電子版のためのまえがき」(18ページ)、「電子版のためのあとがき」(6ページ)の追記である。
 前者では、「1520年ごろの秋」に、当時「アヴィニョン大学の学生」だった「18か19くらい」の年齢だったノストラダムスのエピソードが語られており、とある荒地に500年以上あとに巨大なモトゥールが作られると予言したとされている。五島は南仏旅行の際に「郷土史家の一人アンドレさん」からそういう話を聞いたという。
 関連して、百詩篇第2巻46番がそのモトゥールの予言であり、現代の原発の危険性に対する警告であったことが示されている。

 残りの記述は1999年7の月の詩がアメリカ同時多発テロを2年のズレで的中させたものであり、エリカ・チータムだけがそれを見通していたという、『イスラムvs.アメリカ 「終わりなき戦い」の秘予言』(2002年)以来、五島が繰り返している主張が展開されている。

 あとがきの方では、アンゴルモワの大王がモンゴルのアナグラムとする旧説を支持しつつ、従来の五島の著書には見られない解釈が示されている。
 締めくくりには、伝説上ノストラダムスが死ぬ3年ほど前に『新諸世紀』110篇ほどを書いており、ピレネー山中の修道院に秘匿されているという話を紹介し、それを探しに2年ほど前に探求のためにピレネー入りしたフランスと英国の研究者の話で締めくくられている。

コメント

 『ノストラダムスの大予言』そのものと重複する点を省き、新たに追記された内容について、論点ごとに節を分ける。なお、当面のネタバレを避けるため、一部の論点については、五島の記述内容に対して意図的に掘り下げていない部分が存在する。

アヴィニョン大学時代

 アヴィニョン大学時代のエピソードは虚偽の疑いが強い。
 そもそも1503年生まれのノストラダムスが 「18か19」 歳だったら、「1520年ごろ」 という設定には整合しない。1521年か1522年のことと見れば整合するかというと、そういうわけにもいかない。1521年にアヴィニョン大学はペスト流行を理由に閉鎖されており、ノストラダムス自身、後年に1521年から放浪していたと述べているからである。
 逆に年齢の方を修正して1519年か1520年と考えれば、一応は整合する。
 しかし、ノストラダムスのアヴィニョン大学在学には実証的な裏づけがなく、もしその具体的な論拠が見つかったならば、それ自体が大発見である。にもかかわらず、まともな研究者でこういうことを述べている者が他に見当たらず、「アンドレさん」 しかそのようなことを述べていない。また、裏づけとなる史料も示されておらず、「アンドレさん」自身、伝説に過ぎないと述べている。しかも、このエピソードは原発を話の枕にしようとする五島にとって実に都合の良いものである、となれば、(「アンドレさん」 の実在性自体疑わしいが、仮にそこを棚上げにするとしても)少なくとも、その話の内容はほぼ全否定して差し支えないだろう。

百詩篇第2巻46番

 この詩の解釈については百詩篇第2巻46番に述べてあるので詳述しない。さしあたり、五島が主張するのと違い、moteurという言葉は16世紀にも普通に存在していたことを改めて指摘しておくにとどめる。

エリカ・チータムの解釈

 五島は繰り返してエリカ・チータムがアメリカ同時多発テロを見通していたと主張しており、根拠として次のものを挙げている。
  • 百詩篇第10巻72番恐怖の大王がテロの大王 (the great King of Terror) と英訳されている。これはチータム以前の英語圏の解釈者にはみられなかった。
  • 百詩篇第1巻87番の解釈で、疑問符つきながらニューヨークの高層ビルへの攻撃と示されていた。

 前者についてはチータムの専売特許ではない。百詩篇第10巻72番の記事で述べたように、エドガー・レオニジェイムズ・レイヴァーがすでにそのように訳しており、特段の霊感を必要とする翻訳ではない。
 また、五島は 「テロの大王」 という訳語を強調する一方、百詩篇第10巻72番自体をチータムがどう解釈していたのかについて、一言も触れようとしない。そこでは 「モンゴル人の王」(モンゴロイドの王ではない) について扱われており、ビン・ラディンを想定していなかったことが明白だからである。

 後者についてもごまかしがある。五島はチータムが疑問符を付けていた解釈を 「謙虚に?をつけながらもはっきり記した」 *2 とか 「このひかえめな確信にみちた9・11の28年前の正解」 *3 などと謙遜の表現であるかのように紹介しているが、明らかにおかしい。
 チータム自身の最終版(1989年) では、この詩の解釈が、セント・ヘレンズ山の大噴火 (1980年) で遠く離れたニューヨークにまで火山性の降下物が見られたこととする解釈 (これには疑問符がついていない) に差し替えられているからだ *4 。五島が最終版を知らなかったはずはないだろう。もし本当に五島がチータムの霊感を信頼し、テロの28年前に 「ひかえめな確信にみちた」 解釈をしていたと信じているのなら、テロの12年前の段階でどれだけ解釈を深化できたのかという興味をもって当然だからである。

新予言

 110篇の新予言については、実証的にはそのような話は一切伝わっていない。
 総数からすると、ジャン・ド・マルーユ(未作成)の新発見予言(65篇)とも違うようだし、「110篇」という中途半端な数字がどこから出てきたのかも不明である。
 今後、(五島によるものであれ、それに触発された論者によるものであれ) かつてのセオフィラスの異本のような、あからさまな偽作予言が再登場しないことを祈りたい。


コメントらん
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  • 五島勉の著作物である「ノストラダムスの大予言」は小説として読め! と言う山本弘の主張は実に正しい。 -- とある信奉者 (2015-01-02 00:01:14)
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