百詩篇第1巻100番


原文

Long temps 1 au ciel 2 sera 3 veu gris oiseau 4
Au pres 5 de Dole 6 & de 7 Tousquane 8 terre 9 ,
Tenant au bec 10 vn verdoiant rameau,
Mourra tost grand 11 , & finira 12 la guerre 13 .

異文

(1) Long temps : Long-temps 1627 1644 1712Guy, Longtemps 1665
(2) ciel : Ciel 1568I 1588-89 1605 1628 1649Xa 1672 1712Guy
(3) sera : seront 1653 1665
(4) oiseau : oysean 1649Xa, Oiseau 1672 1712Guy
(5) Au pres 1555 1589PV 1590Ro 1840 : Aupres T.A.Eds.
(6) de Dole : ce Dole 1590Ro, de dole 1627
(7) & de : & ce 1589Me
(8) Tousquane : Tuscane 1672
(9) terre : Terre 1672
(10) bec : Bec 1672
(11) grand : Grand 1644 1672 1712Guy
(12) finira : finera 1557U 1557B 1568 1591BR 1597 1600 1605 1610 1611A 1628 1630Ma 1650Ri 1716, finiera 1649Xa
(13) guerre : Guerre 1672

日本語訳

長いあいだ空に灰色の鳥が見られるだろう、
ドールトスカーナの地の近くにて、
嘴に青々とした小枝をくわえた姿で。
まもなく偉人が死に、戦争が終わるだろう。

訳について

 2行目、3行目は1行目の灰色の鳥を形容している。ゆえに、行ごとの対応関係を考慮しないのであれば、「ドールとトスカーナの地の近くにて、嘴に青々とした小枝をくわえた灰色の鳥が、長い間空に見られるだろう」 とするのが、最も分かりやすい。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳については、おおむね許容範囲内である。ただし、3行目 「小枝をくちばしにはさんで」 *1 は、verdoyant (青々としている) が訳に反映されていない。

 山根訳について。
 3・4行目 「小鳥は花咲く小枝をくちばしにくわえているが/早死にして戦争がまもなく終わる」 *2 は、いくつか問題がある。まず、1行目で「灰色の鳥」を訳出しておきながら、3行目に「小鳥」と補うのは、同じ鳥かどうかが分かりづらくなる。また、4行目の mourra (死ぬだろう) の主語は grand と見るべきで、山根訳ではこの grand が訳に反映されていない。信奉者側にはイオネスクなど、grandを切り離す訳が他にも見られるが、前半律が grand までなので、非常に不自然である。

 五島勉の断片的な翻訳については、下の「信奉者側の見解」節で述べる。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、ドールとトスカーナの位置関係を説明しただけだった *3

 バルタザール・ギノー(1712年)は一応解釈しているが、ノアの箱舟から飛び立って小枝をくわえてきた鳩のように、地上から見られるサイズの灰色の鳥が平和を告げることになる予言という、かなり曖昧な未来の情景として説明するにとどまった *4

 その後、20世紀に入るまでこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、ジャック・ド・ジャンD.D.テオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードの著書には載っていない。

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は、彼の時代の国際情勢と関連付けた。当時の切手には、枝を銜えた鳩を描いたものがあったようである *5

 ジェイムズ・レイヴァー(1942年)は、19世紀のフランス王継承候補者だったシャンボール伯と解釈した。彼は亡命中、トスカーナ地方やヴェネツィア近郊のドーロ (Dolo) に滞在していた時期があった *6
 この解釈はエリカ・チータム(1973年)が踏襲したが、彼女はなぜかフランスのドール (Dôle) がヴェネツィア近郊にあるという、地理的に全くデタラメな認識を披露していた *7

 アンドレ・ラモン(1943年)は、第一次世界大戦の終結と、その5年後のウッドロー・ウィルソンの逝去と解釈した *8

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は、第二次世界大戦終結の直前に逝去したフランクリン・リーズベルトについてと解釈した *9
 ジョン・ホーグ(1997年)は、このルーズベルト説や前出のシャンボール伯説などを並列的に紹介するにとどまった。

 ヴライク・イオネスク(1976年)は国際連盟と解釈した。ドールはジュネーヴにも近い都市であり、国際連盟による平和への取り組みが行われるが、それが機能不全に陥り(死に)、実際に戦争(第二次世界大戦)を終わらせたのが強国(アメリカ)だったとした *10

 セルジュ・ユタン(1978年)はナポレオンについてと解釈した *11

 五島勉は『ノストラダムスの大予言スペシャル・日本編』(1987年)において、「灰色の鳥が長い間飛ぶころ、ドルスで大王が死ぬだろう」と引用し、アメリカのケネディ大統領がダラスで暗殺されたことと解釈した *12

 加治木義博は1991年の時点で、その頃から1995年までに起こると想定していた第三次欧州大戦終盤の情景と解釈していた *13

懐疑的な見解

 五島の解釈についてコメントしておく。
 原文 Dole はどう読んだところで 「ドルス」 とは読めない。この詩には幾つかの異文があり、上の「異文」節に示したように小文字の dole となっている版は例外的にあるものの、「ドルス」 という読みにこじつけられそうな異文を含む版は見当たらない。
 念のため、当「大事典」で通常の原文比較に使っている古版本約40種以外に、別の古版本20種 *14 も確認してみたが、すべて Dole であった。
 五島は1980年代後半にはヘンリー・C・ロバーツエリカ・チータムセルジュ・ユタンらの原文を参照していたことが、彼の著書にある言及や表紙・内容の写真掲載などから明らかだが、彼らが採用していた原文も Dole であり、その誤植に引きずられたという可能性もない。

 以上から、五島はそのような異文が存在しないことを承知の上で、原文を意図的に歪曲して紹介した疑いが強い。なぜそのような歪曲をしてまで「ドルス」に拘ったかといえば、五島自身のこの詩の解説の中にその答えがある。そこにこうある。

  • ほかにも、下書きと思われる不完全な異本に、「女が船に乗って飛ぶ後、大王がドルスで殺される」という予言がある。 *15

 ここで言う「不完全な異本」とは彼が『ノストラダムスの大予言』で紹介していたセオフィラスの異本のことである。この異本の詩とするものはほぼ間違いなく偽作されたものであろうが、その正当化のために、百詩篇正篇の中にも同様の予言があると示す必要があったのだろう。

 ちなみに、五島は「ドルスで大王が死ぬ」と紹介しているが、上の日本語訳をよく読めばお分かりいただけるように、ドールとトスカーナ地方は鳥が目撃される地域を指しているにすぎず、4行目の「偉人」がどこの人物なのかは詩に明記されていない。

同時代的な視点

 ピエール・ブランダムールが指摘し、高田勇伊藤進が踏襲したように、小枝を銜える鳥が大人物の死と戦争の終結の予兆として描かれているのは、ほぼ疑いないところであろう *16
 曖昧すぎて、歴史的題材にモデルを求められるのかは疑問だが、ピーター・ラメジャラーはスエトニウスの『ローマ皇帝伝』で描写されたカエサルの死との類似性を指摘している *17

  • しかしカエサルが、近いうちに殺されるということは、いろいろな奇怪な現象からはっきりと予告されていた。(略)その十五日の前日のこと、みそさざいが月桂樹の枝を口にくわえて、ポンペイユス議堂へ飛んでくると、その後を追って、さまざまの種類の鳥が近くの森からやってきて、みそさざいを細かに喰いちぎってしまった。(国原吉之助訳) *18


【画像】 『ローマ皇帝伝(上)』

 ラメジャラーの見解は、リチャード・シーバースも支持している *19
 長い間目撃されるというモチーフとは一致しないようにも思われるが、少なくとも、枝を銜える鳥が大人物の死を予告するという発想自体は非常に古くからあるということが分かる。

 なお、ブランダムールやラメジャラーはドールをそのままフランスのドールと理解しているが、トスカーナとは地理的に離れている。このため、エドガー・レオニはミランドーラ (Mirandola ; Mirandole) の語頭音消失の可能性も示しており *20ジャン=ポール・クレベールはレイヴァーのようにイタリアのドーロとする可能性も示した *21

【画像】 関連地図 (トスカーナは州都フィレンツェの位置で示した)


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