百詩篇第1巻63番


原文

Les fleaux 1 passés 2 diminue 3 le monde 4
Long temps 5 la paix 6 terres 7 inhabitées 8
Seur marchera 9 par ciel 10 , terre 11 , mer 12 , & onde 13 :
Puis de nouueau 14 les guerres 15 suscitées 16 .

異文

(1) fleaux 1555 1557U 1557B 1568A 1588-89 1589PV 1590Ro 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668 1712Guy 1840 : fleurs T.A.Eds. (sauf : Fleaux 1672)
(2) passés : pasés 1557B, passees 1610 1627 1630Ma 1644 1649Ca 1650Ri 1653 1665 1716
(3) diminue : diminué 1589PV 1590SJ 1649Ca 1668 1672, diminuë 1630Ma 1649Xa
(4) monde : Monde 1672
(5) Long temps : Longtemps 1611B 1981EB, Long-temps 1627 1649Ca 1650Le 1665 1668 1712Guy
(6) paix : Paix 1672 1712Guy
(7) terres : Terres 1672 1712Guy
(8) inhabitées : inhabitez 1650Le 1668
(9) Seur marchera : Sur marchera 1605 1611B 1628 1649Xa, Seul marchera 1627 1630Ma 1644 1650Ri 1653 1665, Surmarchera 1981EB
(10) ciel : Ciel 1568I 1611 1712Guy 1981EB, le ciel 1649Ca 1650Le 1668, le Ciel 1672
(11) terre : terres 1716, Terre 1672 1712Guy
(12) mer : Mer 1672 1712Guy
(13) onde : Onde 1672 1712Guy
(14) nouueau : nouueaux 1650Ri 1653
(15) guerres : Guerres 1672 1712Guy
(16) suscitées : suscitez 1650Le 1668

校訂

 ピエール・ブランダムールは1行目の diminue を(校訂の結果でなく)底本の原文として diminué としているが、インターネット上で公開されている画像を見る限りでは 1555Vも1555Aもアクサンは全く見えない。1555年版を転記しているはずの1840やピーター・ラメジャラーの転記でも diminue とされている。
 ただ、いずれにしても意味の面からは diminué となっているべきで、ラメジャラーもそのように直している。

日本語訳

災禍が通り過ぎて、人口が減らされる。
ひとけのない土地に長期間の静穏が。
(人々は)空も陸も海も江湖も安全に渡るだろう。
そして新たに(複数の)戦争が惹き起こされる。

訳について

 1行目 monde については 「世界」「人々」 の二通りの訳し方がある。それは中期フランス語でも同じであった *1 。「世界」 を採用するなら 「世界は小さくされる、衰弱させられる」の意味だが、「人々」を採用するなら「人口(人々)が減らされる」の意味になる。
 英語の world にも両方の意味があるので、英訳を見てもどちらに力点を置いているのか分かりづらいものが多いが、ピーター・ラメジャラーは population を補って、人口の意味であることを明示している。日本では高田勇伊藤進訳が人々の意味に理解しており、当「大事典」では、この詩の2行目やセザールへの手紙との整合性からもそちらを採用した。

 2行目 terres inhabitées はややこしい。当時の用法だと、「人が住んでいない土地」の意味にも、「人が住んでいる土地」の意味にも理解できてしまう(inhabité参照)。
 ピエール・ブランダムール高田勇伊藤進は「人が住んでいない土地」の意味に理解した。確かに、この詩の1行目およびセザールへの手紙との整合性を考えるなら、十分にありうる話である。
 他方、エドガー・レオニ、ラメジャラー、ジャン=ポール・クレベールリチャード・シーバースらは「人が住む土地」の意味に理解した。特にラメジャラーは再入植の意味であることを示している。つまり、1行目で人口が大きく減ったものの、のちに再び人が増えて長い平和を享受し、3行目の安全な通行の話につながるというわけである。これはこれで説得力がある。
 エヴリット・ブライラーは「人が住む」を第一義にしつつ、「人が住まない」の意味にも訳しうることを説明している。
 そういうわけなので、当「大事典」ではひとまずブランダムールらの読みを踏襲するが、それは人が住むと訳す可能性を完全に排除するものではない。ただ、『予言集』内の inhabité の他の用例(2件)はいずれも「人が住まない」の意味で用いられていることもあるので、ここだけ「人が住む」と理解することへの抵抗もある。

 同じく2行目についてだが、過去分詞以外の動詞も前置詞もなく、直訳は「長期間、平和、人住まぬ土地」となるので、最低限の言葉を補った。なお、paix は争いがないという意味の「平和」のほか、騒がしさがない意味の「平和」(静寂)の意味もある。人がいない土地の paix は主に後者の意味だろうから、前者のニュアンスも残しつつ「静穏」と訳した。

 3行目 onde は「波」のほか、海、川、湖などの水や水面を意味するので、とりあえず「江湖」(=川と湖)と訳しておいた。海(mer)だけでなく他の水のあるところも安全に渡れるといった意味だろうが、おそらく深い意味のある選択ではなく、monde と韻を踏ませつつ、世界の至るところへというニュアンスの延長線上で選ばれたのではないだろうか。なお、高田勇伊藤進訳では「波頭」という訳語があてられており、リチャード・シーバースの英訳では river があてられている。
 「空」の訳し方については後述の「懐疑的な視点」も参照のこと。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳については、まず行の切り方がおかしいが、それは基本的に無視する。
 3行目 「長き静寂 地には人住まい 空 海 地へといくだろう」 *2 は、本来の2、3行目をまとめて訳したものだが、seur (現代語の sûr で「安全な、安全に」)が訳に反映されていない。onde が反映されているかも不明だが、前述のように「海」とも訳しうる単語なので、mer (海) との重複を嫌ったということかもしれない。

 山根訳について。
 3行目 「人びとは空 陸 海を安全に飛びまわる」 *3 の onde の処理についての疑問点は、上の大乗訳への指摘と同じ。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、「これは至るところでの大いなる平穏 (great tranquillity) と、その後の戦争の再発を予言した」 *4 とだけコメントした。
 バルタザール・ギノー(1712年)はほとんどそのまま敷衍したような解釈を展開したが、3行目については、鳥、人々、動物たちが安心して行き交える様を示しているとした *5

 その後、20世紀に入るまでこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、ジャック・ド・ジャンD.D.テオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードの著書には載っていない。

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は反キリストが誕生する1999年前後の最後の艱難に先立つ静かな時期の予言と解釈した *6

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)はインフルエンザ (スペイン風邪) の大流行と第一世界大戦の終結、そして航空旅行の発達や短い平和のあとの第二次世界大戦の勃発などと解釈した *7

 スチュワート・ロッブ(1961年)は3行目で海と波 (onde) を分けているのは船舶と潜水艦を分けているからとし、空を渡ることの描写とあわせ、潜水艦や航空機の実用化を予言したものと解釈した *8

 エリカ・チータム(1973年)は3行目に航空旅行の発達が予言されているとした上で、近未来の第三次世界大戦が暗示されている可能性を示した *9 。その日本語版(1988年)では、1990年代にエイズが猛威を振るったあとにその治療法が確立されるが、1990年代末に世界最終戦争が勃発することになる予言とする原秀人の解釈に差し替えられた *10
 チータムは後の著書(1989年)では、4行目の戦争が複数形であることから第三次世界大戦の可能性に適用することに慎重になり、むしろ二度の世界大戦のあとに平和が訪れたものの、世界各地で地域紛争が散発したこととの関連性も示した *11

 五島勉(1973年)は第二世界大戦後に航空旅行が広まり、世界が狭くなることの予言と解釈した。なお、五島は、ノストラダムスと親交のあった僧侶ピエール・アサンシオンの歴史書『レ・ヴァロワ』の中に、この詩の作成に関わるノストラダムスとのやり取りが記録されていると主張していた *12

 セルジュ・ユタン(1978年)は終末における大地の荒廃についてと解釈した *13

 加治木義博(1991年)は、平和が長続きせず、湾岸戦争が勃発したことと解釈した *14

 ヴライク・イオネスク(1993年)はエイズの世界的蔓延に関する予言と解釈した *15

 飛鳥昭雄(1997年)は地球膨張説を土台に、近未来に訪れる終末に地球が文字通り収縮することと解釈した *16

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは1980年のベストセラーでは扱っていなかったが、晩年の著書では第一次世界大戦の予言とした。彼は1行目の「災禍」(fleaux) が「花々」(fleurs) となっている異文を採用していることもあり、1行目は19世紀末からのベル・エポックが終わったことと解釈した。3行目の海と波の区別が船と潜水艦を指しているといった解釈は、前述のロッブと同じである *17

懐疑的な視点

 信奉者側の解釈は多様だが、空を旅行するというモチーフを強調している論者が少なからずいる。

 ピーター・ラメジャラーは2010年に、この場合の ciel を region (地方) と英訳した。
現代フランス語の ciel にも「風土、地域」といった意味があるように、当時のフランス語でも特定の地域を指す語として使われていた例があることが根拠となっている。もっとも、この詩での登場箇所については、ピエール・ブランダムール高田勇伊藤進ジャン=ポール・クレベールらはそのまま「空」と理解しているし、ラメジャラーの英訳後もリチャード・シーバースはそのまま air と英訳している。

 仮にそのまま空と理解するにしても、それこそ神話の時代から人は空を飛びたいと空想し、さまざまな乗り物や不思議な力を思い描いてきた。この詩の描写は、特に技術的ソリューションを示唆しているわけでもなく、16世紀の人間が想像する範囲としてそこまで特異なものかどうかには議論の余地があるだろう。
 実際、上記のラメジャラーは2003年の時点では sky と英訳していたが、彼はそれを独自性のある予言と見なさず、先行するモデルとしてロジャー・ベーコンやレオナルド・ダ・ビンチを挙げていた *18


【画像】 アンドリュー・デュアー 『ダ・ヴィンチの飛行機をとばそう!』

 なお、わざわざ指摘するまでもないことだが、五島の言う『レ・ヴァロワ』なる著書は、フランス国立図書館、リヨン市立図書館などでは確認できない。そういう名の著書はあるが、アサンシオンという人物の著書ではなく、そのような人物の実在自体がノストラダムスの実証主義的伝記研究には見出せない。
 そもそも、五島は『レ・ヴァロワ』の注記として「ヴァロワ王朝=アンリ二世ほか数人の王を生んだ」 *19 と書いているが、ヴァロワ朝は13人の王を輩出した王朝である (そのうち、細分化させたアングレーム・ヴァロワ朝時代に限れば5人なので一応当てはまるが、この時期のみに限定してヴァロワ朝と呼ぶことはない)。


【画像】 佐藤賢一 『ヴァロワ朝 - フランス王朝史2』

同時代的な視点

 ピエール・ブランダムールは釈義をつけただけで、とくにコメントはつけなかった。高田勇伊藤進は渡る場所に空が含まれていることの不思議さについて簡潔に触れただけだった。

 ロジェ・プレヴォは1行目が fleurs となっている異文を支持し、終末に関するプラトンからの借用と推測し、全体を終末に先立つ情景の描写と位置づけた *20

 ピーター・ラメジャラーは『ミラビリス・リベル』、特にその第1章偽メトディウスにある、地上の平和が一度実現したあとに、ゴグとマゴグの襲来によってそれが断ち切られる予言などがモデルになっていると推測した *21

 さて、特に指摘している論者が見当たらないが、これは用語の共通性から言っても、少なくとも前半部分についてはセザールへの手紙第45節と重なり合っているように思われる。
  • & que de present que ceci j'escriptz avant cent & septante sept ans trois mois unze jours, par pestilence, longue famine, & guerres, & plus par les inundations le monde entre cy & ce terme prefix, avant & apres par plusieurs fois, sera si diminué, & si peu de monde sera, que lon ne trouvera qui vueille prendre les champs, qui deviendront liberes aussi longuement, qu'ils sont estez en servitude :
  • 私がこれを書いている現在は、その時点の177年3ヶ月11日前に当たるのだが、その時点 〔=177年3ヶ月11日後〕 と予め定めた時との間で前後に何度も起こるペスト、長期の飢餓、戦争、さらには浸水によって、人々は非常に減少するだろう。そして、耕地を耕したいと望む人を見ることもなくなるであろうほどに人がほとんどいなくなり、田野は人々が使役してきたのと同じくらいに長い間、自由になるだろう。

 「人々が非常に減らされるだろう」(le monde... sera si diminué) という表現の共通性からしても、この詩を高速交通手段の出現による世界の狭小化と理解するのは無理があるだろう。ノストラダムスはあくまでも「災禍」すなわち「ペスト、長期の飢餓、戦争、さらには浸水(洪水)」によって多くの犠牲が出ることを述べているにすぎないように思われる。


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