イスラーム

  イスラーム (Islam) は、7世紀初頭にメッカ(マッカ)のムハンマドによって開かれた宗教で、世界三大宗教のひとつとされている。日本では イスラム教 と呼ばれることも多いが、イスラームは聖俗を二分化させず、すべてを唯一神につながるものと見なし、その政治体制・社会生活などとも密接に結びつくことから、単にイスラームと呼ばれる場面も増えている。

 イスラームは「絶対服従」「帰依」などを意味するアラビア語がもとになっており、帰依者のことをムスリムと呼ぶ(当「大事典」では通俗的な分かりやすさを優先して「イスラム教徒」 「イスラーム信徒」 などと呼称することがしばしばである)。

 かつて回教と呼ばれたが、これはムスリムの多い回紇 (ウイグル) から来た漢名で、近年ではほとんど使われなくなっている。

概要

 ムハンマドが40歳の頃に啓示を受けて開いたとされる宗教であり、『クルアーン』(コーラン)などを教典とする。イスラームにおいては、旧約聖書の律法書(モーセ五書)と詩篇、新約聖書の四福音書も同様に四大啓典を構成するものとして認め、ユダヤ教徒やキリスト教徒は同じ 「啓典の民」 と見なしているが、全114章からなる『クルアーン』こそが最も純粋な啓典とされている。
 日本でも『クルアーン』の翻訳は複数あるが、それらは厳密にいえば「日本語による逐語的な解釈」にすぎない。『クルアーン』は「読み聞かせるもの」の意味であって、キリスト教などと異なり、各国語に訳したものは『クルアーン』とは認められない。なお、『クルアーン』を補完するものとしてムハンマドの生前の言行に関する伝承『ハディース』がある。


【画像】 『コーラン・上』 岩波文庫


 イスラームでは聖書に登場する預言者らの正統性を認めるが、預言者の中でもムハンマドこそが 「預言者の封印」(この場合の「封印」は語の本来の意味、つまり手紙などの封に押す印のこと)であり、彼以降は終末に到るまで預言者が現れることはないとされる。

 そのムハンマドは啓示を受けて間もない時期にメッカで迫害を受け、西暦622年にメディナ (マディーナ) へと移住した。これがヒジュラ (聖遷) であり、この年がイスラーム暦の紀元となっている。

 ムスリムは6つの信ずべきこと(唯一神、天使、啓典、預言者、来世、天命)と5つの行うべきこと(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼) を負う。とりわけ、第9月(ラマダーン)に行われる断食や、1日5回メッカの方角を向いて行う礼拝は日本でも知られるようになっており、関西国際空港のようにムスリム観光客向けに礼拝室を設けるなどの配慮をする空港も現れている *1

 しばしば 「聖戦」 と訳されるジハードの存在や、イスラーム系過激派によるテロ、ISIL (いわゆる「イスラム国」) の活動などは、ともするとイスラームが好戦的で不寛容な宗教であるという印象を与えかねないが、ジハードは本来戦いに限定されない「聖なる努力」の意味であり、むしろ現代の多くのムスリムには、イスラームを守り普及していく平和的・精神的努力全般と受け止められている *2 。また、日本国内のムスリム団体からは ISIL と一般のムスリムを同一視されかねないことに対して強い反発も出されていること *3 などはきちんと認識されるべきだろう。


【画像】 内藤正典 『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』

ノストラダムス関連

 ヨーロッパ人は、「一六世紀末に到るまで」「アラブ人、サラセン人、トルコ人の間に区別を知らない」 *4 状態であったとされている。

 ノストラダムスの予言には、イスラーム勢力を指していると思われる「アラブ(人)」、「イシュマエルの末裔」、「ムハンマド主義者」、「バルバロイ」といった呼称が頻出する。その多くはヨーロッパを脅かす侵攻についてであるとか、西欧によって駆逐されるべき者としての言及である。生前に出されていた第7巻まででいくらか例示しておく。

  • 百詩篇第1巻18番「ガリア人の不和と怠慢のせいで、ムハンマドに道が開かれるだろう・・・」
  • 百詩篇第3巻23番(未作成)「・・・ムハンマドは敵対的で、アドリア海ではより一層に・・・」
  • 百詩篇第4巻68番「・・・アジアとアフリカの二人の最も偉大な人物が、ラインとヒステルから来たと噂されるだろう・・・」
  • 百詩篇第5巻25番「アラブの君主に・・・教会の支配は海から敗れるだろう・・・」
  • 百詩篇第5巻55番「・・・ムハンマドの信仰をもつ強者が生まれるだろう。スペインを悩ませ、グラナダを征服する・・・」
  • 百詩篇第5巻73番「神の教会が迫害されるだろう・・・アラブ人たちはポーランド人たちと再び一つにまとまるだろう」
  • 百詩篇第6巻75番「・・・バルバロイの軍がヴェネツィアを取り囲みに来るだろう」
  • 百詩篇第6巻80番「フェズの王国がヨーロッパの諸王国へと到達するだろう・・・それで紺青の者たちが十字架を死へと追いやるだろう」
  • 百詩篇第7巻6番「ナポリ、パレルモ、シチリア全体が、バルバロイの手によって無人になるだろう・・・」

 その結果、ノストラダムス予言の信奉者たちは、(それこそ1930年代のマックス・ド・フォンブリュヌの頃から)『近い将来』 のイスラーム諸国によるヨーロッパ侵攻から発展する世界大戦のシナリオを描き続けてきた。


【画像】 21世紀の信奉者の解釈例(John Hogue, Nostradamus: The War With Iran - Islamic Prophecies of the Apocalypse

 しかし、忘れてはならない点が2つある。
 ひとつ目は 「イスラーム勢力によるヨーロッパ侵攻」 というモチーフはノストラダムスに独自のものではなかったということである。7世紀シリアで成立し、西欧に流入したと考えられている偽メトディウスは、当時のイスラーム勢力の伸張に対する警戒心などが投影された偽書である。この予言書は中世を通じて強い影響力を持った。つまり、ヨーロッパではイスラーム成立間もない頃からノストラダムスの時代まで、およそ800年以上もの間、イスラーム侵攻の脅威を説く予言的言説が広まっていたのである。
 この偽メトディウスは16世紀には『ミラビリス・リベル』に再録され、ノストラダムスが目にしていたことは確実視されている。ゆえに、ノストラダムス予言のうち、少なくともイスラーム関連のモチーフはその延長線上で捉えるべきだろう。これはピーター・ラメジャラーなどが突き詰めている通りである。

 二つ目は16世紀当時の地中海世界の情勢である。
 ノストラダムスが生きていた16世紀当時は、イスラーム世界でオスマン帝国が最盛期を迎えていた。オスマン帝国はヨーロッパ大陸の領土を蚕食し、たびたび脅かしていた。また、当時のフランスは周辺諸国との戦争が絶えない状況であり、フランス国内での宗派間対立によるユグノー戦争 (1562年 - 1598年) も目前に迫っていた。このようにヨーロッパ人(キリスト教徒)同士の戦いでさえもごく当たり前だった時代背景からすれば、ヨーロッパを蚕食し、勢力を伸ばしていたオスマン帝国 (に象徴されるアジアの異教徒) に対して、ノストラダムスがある種の強い警戒心を抱き、攻撃的・対立的な言説を繰り出しても不思議ではない。現代的な異文化理解のあり方、あるいはオスマン帝国とヨーロッパの多面的関係の再評価などに照らせば好ましい言説ではない部分も否定できないが、そうした観点から責めるのは酷だろう。


【画像】 新井政美 『オスマンvs.ヨーロッパ』

 要するに、ノストラダムス予言に見られるイスラーム侵攻のモチーフは、中世以来の予言的言説が、16世紀当時の国際情勢の中で今日的な切迫感を持って受け止められていたことの歴史的証言のひとつに過ぎない。精神史・社会史的にそこから何かを学びうるとしても、そこから21世紀においても性懲りもなく、イスラーム諸国によるヨーロッパ侵攻をきっかけとする人類最終戦争が 「もうじき起こる」「近いうちに起こる」 と言い続けるのはナンセンスだろう。

 もちろん、そういう戦いが絶対に起こらないとは誰にも断言できないし、(それこそ偽メトディウスから数えれば実に1300年以上も「そのうち」「そのうち」 と言い続けているのだから) いずれ起こることもあるかもしれない。
 しかし、そもそもその背景にある中世的予言には、キリスト教を聖なる教え、イスラームを邪悪な教えと二分するような価値観が投影されている。そのような予言を妄信することは、異文化に対する不寛容を助長することにつながり、むしろそうした衝突が起こるリスクを高めるだけだろう。

 通俗的な予言解釈本のたぐいは、しばしば 「賢い知恵で予言のメッセージを汲み取ろう」 というような大義名分を掲げたがる。しかし、前時代的な宗教対立を煽るような論者に賢い知恵が備わっているようには見えない。本当に賢い知恵を備えているのなら、むしろ前時代的な宗教対立の呪縛から抜け出すことこそが意識されるべきではなかろうか。


名前:
コメント: