百詩篇第12巻36番

原文

Assault farouche en Cypre se prepare,
La larme à l'oeil, de ta ruine proche 1 :
Byzance classe, Morisque 2 si grande 3 tare.
Deux differents. le grand vast par la roche.

異文

(1) proche : s'approche 1627 1644 1650Ri 1653 1665
(2) Morisque : Morisique 1611B
(3) grande : grand 1611B 1627 1644 1649Xa 1650Ri 1653 1665

日本語訳

粗暴な襲撃がキプロスで準備される。
汝の破滅が近いために、目には涙。
ビュザンティオンの艦隊、モール人の艦隊、非常に大きな損失。
二つの異なるもの。岩による大規模な荒廃。

訳について

 大乗訳2行目前半「私の目に涙が」は、直訳としては不適切(「目」には1人称の所有格がついていない)。ただし、エドガー・レオニ等もそう訳しているし、文脈を考慮した意訳としては許容されるだろう。
 3行目。Morisque は形容詞であり、直後に classe が略されていると考えた。これは Byzantine and Moorish fleet というレオニの英訳を参照したものである。なお、「非常に大きな損失」は、与えるのか受けるのか、前置詞がないので特定できない。

信奉者側の見解

 当時のキプロスはヴェネツィアに支配されていたが、1570年にオスマントルコの襲撃を受けた。ヴェネツィアは神聖ローマ帝国やローマ教皇に働きかけて連合艦隊を編成したが、1571年8月6日にキプロスのファマグスタ(Famagusta)が陥落し、オスマン帝国にキプロスを奪われた。その直後、10月7日のレパントの海戦で連合艦隊はオスマントルコに勝利したものの、翌年に再建されたオスマン帝国艦隊によってキプロスは奪われてしまった。

 信奉者たちは、以上の史実の一部分とこの詩を結び付けている。ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは1570年9月の襲撃に重点をおいているし、ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは1571年に重点を置いている *1

同時代的な視点

 「この詩は疑わしくも十分に成就した」 *2 とエドガー・レオニが書いているように、詩の情景は十分に1570年から1571年のキプロス情勢と結びつけることができる。ただし、この詩の発表は1594年のことであり、事後に偽造された可能性も捨て去るべきではない。

その他

 1653 1665では詩番号が26番となっている。


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