百詩篇第2巻31番


原文

En Campanie 1 Cassilin 2 sera 3 tant
Qu'on 4 ne verra que 5 d'eaux 6 les champs 7 couuerts 8
Deuant apres la pluye de long temps 9
Hors mis 10 les arbres 11 rien l'on 12 verra de vert 13 .

異文

(1) En Campanie : En campagne 1588Rf 1589Me 1649Ca 1650Le 1668, Encampagne 1589Rg, En campaigne 1589PV, En Campagnie 1605 1649Xa 1665, En Campaine 1716
(2) Cassilin : le Cassilin 1557U 1557B 1568 1590Ro 1597 1605 1611 1628 1649Xa 1672 1772Ri, le Casilin 1588-89, le Cassi en 1600, le Cassi in 1610 1716
(3) sera 1555 1557U 1557B 1568 1588-89 1589PV 1590Ro 1772Ri 1840 : fera T.A.Eds.
(4) Qu'on : Quon 1672
(5) que (vers2) : q~ 1557B 1627 1630Ma
(6) d'eaux : d'aux 1568 1597 1600 1605 1610 1611A 1628 1649Xa 1716 1772Ri, d'eau 1649Ca 1650Le 1668, d'Aux 1672
(7) champs : Champs 1672
(8) couuerts : couners 1568C
(9) long temps : lon temps 1627 1630Ma, long-temps 1649Xa 1668P 1712Guy, longtemps 1665
(10) Hors mis : Hormis 1557B 1653 1665 1672 1712Guy, Horsmis 1644
(11) les arbres : lesarbres 1588Rf
(12) l'on : on 1557B, lon 1589PV 1672
(13) vert : vers 1588-89, verts 1605 1611 1628 1649Xa 1672 1981EB

(注記)q~ は q の上の ~ の代用

日本語訳

カンパーニア地方にてカシリヌムは、
野原を覆う大水しか見えないほどだろう。
前にも後にも長いあいだ雨が。
(水面から突き出た)木々を除けば、緑は一切見られないだろう。

訳について

 Cassilin はラテン語 Casilinum に由来するという点に異論はない。カシリヌムは現在のカプア(カープア)のことである。
 1行目から2行目は tant que の構文になっており、que の従属節内が ne...que... の構文になっている。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「キャンパニアでカシリンは多くをなし」 *1 は sera が fera になっている底本に基づいたことによるのだろう。その訳としては誤りではない。
 2行目「おおわれた野の水しかなく」は ne verra que (~しか見えないだろう)が十分に反映されていない上、冒頭の Qu' の機能が不明瞭になっている。
 3行目「まえも あとも 長いあいだ雨がなく」は誤訳。これは元になったヘンリー・C・ロバーツの英訳をほぼそのまま転訳したものだが、「なく」に該当する語は原文にない。

 山根訳について。
 1行目 「カンパーニアではカシリン(川)がとてつもなく大きくなるので」 *2 は、少々不親切な訳。カシリヌムそのものは川の名前ではなく、ヴォルトゥルノ川 (Volturno) 沿いにある。そこで、エドガー・レオニはこの場合のカシリヌムは都市そのものではなく、そこを流れるヴォルトゥルノ川をさすのだろうと見て、英訳にカッコ付きで river を補った。エリカ・チータムはこれを真似したのだろう。ところが、その日本語訳である山根訳では、解説でカシリンはヴォルトルノ川の支流だろうという意味不明な註釈が追加された。この結果、訳そのものも不親切だった上に、その誤解を増幅する形になってしまっている。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、Cassilin をカスティーリャと結びつけ、スペイン王でもあった神聖ローマ皇帝カール5世によるローマ掠奪と解釈した *3

 バルタザール・ギノー(1712年)は、カシリヌムをカンパーニアのノヴァ・カプア (Nova Capua)とした上で、大洪水の到来を告げる予言とした *4

 ロルフ・ボズウェル(1943年)は、『ヨハネの黙示録(未作成)』に描かれた情景と合致する予言詩の一つとして取り上げた *5

 エリカ・チータム(1973年)は、ヴォルトゥルノ川の氾濫を描いた詩とした *6

 セルジュ・ユタン(1978年)は第二次世界大戦中のナポリ周辺の戦闘の比喩と解釈した *7ボードワン・ボンセルジャンの補訂(2002年)では、イタリアを襲う破局的な洪水の予言だが時期を特定できないとする解釈に差し替えられた *8

同時代的な視点

 エヴリット・ブライラーピエール・ブランダムールは英訳や釈義をつけただけで、それ以外のコメントはつけていない。ジャン=ポール・クレベールもほとんどそのまま敷衍するような語釈を展開しただけである。

 ピーター・ラメジャラーは『ミラビリス・リベル』、とりわけそこに収録された『ティブルのシビュラ』に、諸都市を飲み込む洪水の予言があることを踏まえ、そうしたモチーフと、同時代の気象上の現象を重ね合わせたものではないかとした *9


コメントらん
以下のコメント欄はコメントの著作権および削除基準を了解の上でご使用ください。なお、当「大事典」としては、以下に投稿されたコメントの信頼性などをなんら担保するものではありません (当「大事典」管理者である sumaru 自身によって投稿されたコメントを除く)。

名前:
コメント: