百詩篇第12巻69番

原文

EIOVAS 1 proche, eslongner lac Leman:
Fort grands aprests. retour, confusion.
Loin des nepueux 2 , du feu grand Supelman 3 .
Tous de leur 4 suite,*

異文

(1) EIOVAS : Eiouas 1611 1627 1644 1650Ri 1653 1665, Eiovas 1649Ca 1672
(2) nepueux : Nepueux 1672
(3) Supelman : supelma 1627, supelman 1644 1649Xa 1650Ri 1653 1665
(4) leur : leug 1653 1665

原文について

 4行目が欠けているが、未完成なのか、シャヴィニーが省略しただけなのかはわからない。シャヴィニーは解釈の際にこうした省略をしばしば行っている。

日本語訳

ヨヴァは近い、レマン湖を遠ざけるために。
非常に大掛かりな準備。帰還と併合。
亡き偉大なスュペルマンの甥たちからは隔たっており、
彼らに随行する者の全てが、・・・。

訳について

 3行目。大乗訳「甥からはなれてスーペルマンに」 *1 は不適切。ロバーツの英訳は Far from the nephews of the late Supelman *2 で、当「大事典」の訳とあまり変わらない。当「大事典」の訳はエドガー・レオニの読み方に従ったものだが、この行はジャン=エメ・ド・シャヴィニーの読み方(ラテン語訳・解釈)に従えば「偉大なスュペルマンは甥たちからも火からも隔たっている」となる。そういう訳も確かに可能だが、ここでは、4行目の「彼ら」に対応する語が「甥たち」であろうと考えられることから、「甥たち」が中心になる読みの方が妥当と判断した。

信奉者側の見解

 シャヴィニーは、EIOVAS をサヴォワと読んだ上で1589年にサヴォワ公が周到な準備の上でジュネーヴに兵を差し向けたことを予言したと解釈した。彼はスュペルマンをスペイン王と捉え、王が「甥たちからも戦争からも遠かったにもかかわらず兵と資金を提供した」 *3 こととした。

 テオフィル・ド・ガランシエールは17世紀初頭にサヴォワ公国がジュネーヴを狙ったことの予言と解釈した。彼の場合、実に4ページ以上にわたって詳細な解釈を展開している。

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは、(1980年に発表した時点で未来に起きると想定していた)第三次世界大戦において、サヴォワ地方やスイスから住民が逃げ出すことの予言と解釈していた *4

同時代的な視点

 エドガー・レオニもサヴォワ公国がジュネーヴを狙っていたことを描いたものだろうとしている。 その場合、1行目は「サヴォワは近い、レマン湖を(プロテスタントから)遠ざけるために」とでも読むべきか。
 レオニが指摘しているように、カルヴァンが神権政治を行う前には、ジュネーヴ司教はサヴォワ家の縁者が就任する地位だったため、それを通じてサヴォワ家が影響力を及ぼしていた。ゆえに、この詩の描写が事後予言なのか、歴史的経緯に基づくノストラダムスの見通しだったのかは、断定できない。
 ただし、レオニも Supelman については特段の解釈を提示できていないように、細部に不明な点もある。

その他

1644 1650Riでは詩番号が64番になっている。


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