百詩篇第5巻85番


原文

Par les Sueues & lieux circonuoisins,1
Seront en guerre2 pour cause3 des nuees4:
Camp marins5 locustes6 & cousins7,
Du Leman8 faultes9 seront bien desnuees.

異文

(1) circonuoisins, : circonuoisins’ 1668P
(2) guerre : querre 1627, guerres 1644 1649Ca 1650Le 1665 1668
(3) cause : choses 1716
(4) des nuees : desnuées 1716, de nuees 1981EB
(5) Camp marins 1557U 1557B 1568A 1588-89 1590Ro 1590SJ 1600 1610 1630Ma 1644 1650Le 1650Ri 1668 1840 : Gamp marins T.A.Eds. (sauf : Gamp & marins 1611B, Camps marins 1653 1665, Gammares 1672)
(6) locustes : & locustes 1627 1630Ma 1644 1650Ri 1653 1665
(7) cousins : consins 1557B, confins 1588-89
(8) Leman : lemau 1588-89
(9) faultes : sautes 1665

校訂

 3行目の前半律(最初の4音節)を構成するはずの camp marins は3音節しかない上に単複が一致しておらず、何らかの修正が要請される。ピエール・ブランダムールは3行目のみを引用した際に、 Camp ès marin と校訂していた*1。もっとも、ès は直後に単数を取ることはありえないので、 Camp ès marins の誤記だろうか。
 同じ部分をロジェ・プレヴォは Gambes marins と校訂していた*2

 4行目 faultes について、プレヴォは sautes と校訂している。

日本語訳

スエビ人たち(の土地)とその近隣の辺りで、
(彼らは)戦争状態になるだろう、雲霞のごときもの
― 海風に乗る軍勢、すなわちイナゴとイエカ 〔家蚊〕 ― のせいで。
レマンの牧場はまさしく丸裸にされるだろう。

訳について

 1行目 Sueves は民族名(スエビ人、スエビ族)で、lieux circonvoisins (すぐ近くの場所・複数形)という場所と並置されているのはやや不自然ではある。ピーター・ラメジャラーブリューノ・プテ=ジラールは Sueves を Souabe(s) (スエビの地、シュヴァーベン地方)と同一視している。当「大事典」ではカッコ書きで言葉を補った。
 par は「~のあたりで」「~を通って(経由して)」などの意味なので、2行目の戦争状態の場所ともとれるし、別の場所に戦争をもたらす経由地とも解釈できる。

 2行目 nuées は「雲」のことだが、同時にバッタの大群などを表す時にも使う。日本語でそれに近い熟語は「雲霞」であろうから、それをあてた。

 3行目はとりあえずブランダムールの校訂を踏まえて訳した。
 プレヴォの Gambes marins という読みは説明がないので、どういう意味なのか、いまいち分かりづらい。gambe(s) は海事用語で「檣楼下静索」(しょうろうしたせいさく)、漁業用語で「釣り糸」の意味である*3。ただ、むしろジャン=ポール・クレベールが gamba の意味に理解したことに近いのかもしれない。gamba は地中海産の大海老のことで、語源に遡ると「足」を意味し、跳ね回るという意味の gambade などの単語にも繋がった。何かそういう意味なのだとしたら、飛蝗や家蚊と並置される何らかの昆虫を意味するのかもしれない。

 4行目はプレヴォの校訂と語釈に従った。saute は普通なら「(天気などの)急変」を指すが、彼はこれをラテン語の saltus (森林地、林の中の牧場、山地、山道*4)のフランス語化と理解した。リチャード・シーバースもこの読みを踏襲したらしく、pasture と英訳している。
 ラメジャラーは原文どおり、faultes の意味に捉え、「レマン湖の失敗が露わになる」という意味に理解している。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「スイスと隣国を通って」*5は不適切。スエビ人をスイスとするのは限定しすぎだし、lieu(x) は「場所」を意味するごく一般的な語なので、国に限定することの妥当性が疑問である。
 3行目「エビ イナゴ 羽虫」は上で述べたように camp を gamba の類語と解釈したのだろう。妥当かどうかについては何ともいえない。
 4行目「ジェノアの過失はまるはだかで明らかにされる」は誤訳。ヘンリー・C・ロバーツの英訳を転訳した際のミスだろう。原文は Leman なのだからジュネーヴと意訳することが許されても、ジェノア(ジェノヴァ)と訳すのは無理である。

 山根訳について。
 1行目 「スイスとその周辺地域で」*6の問題点は大乗訳への指摘と重なる。
 3行目「蝟集する海のイナゴとブヨ」は可能である。ただし、(大乗訳の「羽虫」もそうだが) cousin は普通に「イエカ」(家蚊)の意味なので(語源のラテン語 culex は現在ではイエカの学名にも使われている)、あえてブヨだの羽虫だのと訳す必要があるのか、疑問はある。あるいは『出エジプト記』のブヨの害(8章)とイナゴの害(10章)にひきつけようとしたものだろうか。
 4行目「ジュネーヴの失敗が暴露されよう」は上で紹介したラメジャラーの読みに近い。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは、この場合のレマンジュネーヴのことと注記しただけで「残りは更なる解釈の必要なし」としか述べなかった*7


 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)はスエビ人をドイツ人と解釈し、国際連盟の挫折と解釈した*8
 第二次世界大戦勃発後は、その大戦と国際連盟の挫折と解釈されることが多くなる。アンドレ・ラモン(1943年)、ロルフ・ボズウェル(1943年)、ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)、エリカ・チータム(1973年)、ヴライク・イオネスク(1976年)らがこの見解である。それらの解釈では、3行目のイナゴが飛行機、イエカが水陸両用機などと解釈されることがあるが、こうした解釈はラモンの時点ですでに見られる*9
 スチュワート・ロッブ(1961年)も前半だけを第二次世界大戦関連の予言の中で扱った*10

 セルジュ・ユタン(1978年)はレマン湖のフランス国境側での軍事行動についての予言と解釈したが、いつのことかは触れていない。

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(1980年)は近未来に起こると想定していた世界大戦で、西欧にロシア人が進行してくることと解釈していた。

同時代的な視点

 ピエール・ブランダムール百詩篇第4巻48番(未作成)に関連して、蝗害に言及した詩篇の一つとしていた*11
 なお、イナゴの大群を軍勢に喩える表現は、聖書では『ヨエル書』で登場する。『ヨエル書』の1章では蝗害について長々と詠われているが、そこにこういう表現がある。
  • 一つの民がわたしの地に攻め上って来たからだ。それは力強く、数え切れない。その歯は雄獅子の歯、その牙は雌獅子の牙。わたしのぶどうの木を荒らし、わたしのいちじくの木を折り砕き、その木肌を剥がして、投げ捨て、その枝は白くなった。(ヨエル書1章6・7節、フランシスコ会聖書研究所訳)
 「民」は関根正雄訳では「族」(やから)と訳されている。

 ロジェ・プレヴォは表面的に蝗害についての描写としつつも、プロテスタントへの批判が織り込まれていると見た。2行目 nuées は普通ならば「雲」だが、オック語の「新しいもの」と解釈し、新教、つまりプロテスタントのせいで戦いになることを示すとした。3行目のイエカ(cousins)は『出エジプト記』のモチーフに繋がるとともに、古語の cosinage (破門*12)にも通じるとした*13
 このプレヴォの解釈を踏襲したのがブリューノ・プテ=ジラールピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースだが、ラメジャラーは蝗害の方を省き、ジュネーヴにおけるカトリックとカルヴァン派の衝突をモデルにしたものとのみ解釈した。


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最終更新:2015年09月03日 01:50

*1 Brind'Amour [1996] p.533

*2 Prévost [1999] p.67

*3 『ロワイヤル仏和中辞典』

*4 『羅和辞典』

*5 大乗 [1975] p.170。以下、この詩の引用は同じページから。

*6 山根 [1988] p.204 。以下、この詩の引用は同じページから。

*7 Garencieres [1672]

*8 Fontbrune (1938)[1939] p.158, Fontbrune (1938)[1975] p.179

*9 Lamont [1943] p.183, Boswell [1943] p.186, Roberts (1947)[1949], Cheetham [1973], Ionescu [1976] pp.487-489

*10 Robb [1961] p.125

*11 Brind'Amour [1996] p.533

*12 DALF, T.02

*13 Prévost [1999] p.67