飛蝗

 飛蝗(ひこう)は、デジタル大辞泉の定義によれば、「バッタのうち、生息密度が高くなると群飛して集団移動をする性質に変わるもの。また、その集団移動の現象。トノサマバッタ・サバクバッタなどにみられる。侵入地域の農作物に大被害をもたらす。渡りバッタ。飛びバッタ。」とある。つまりは、相変異を起こすバッタの類である。


【画像】 前野ウルド浩太郎 『孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生』

 こうした被害は聖書でもしばしば言及されている。
  • モーセがエジプトの地に杖を差し伸べると、主はまる一昼夜、東風を吹かせられた。朝になると、東風がいなごの大群を運んできた。いなごは、エジプト全土を襲い、エジプトの領土全体にとどまった。このようにおびただしいいなごの大群は前にも後にもなかった。いなごが地の面をすべて覆ったので、地は暗くなった。いなごは地のあらゆる草、雹の害を免れた木の実をすべて食い尽くしたので、木であれ、野の草であれ、エジプト全土のどこにも緑のものは何一つ残らなかった。(出エジプト記10章13 - 15節・新共同訳)*1

  • 噛み食う蝗〔いなご〕が残した物を移住蝗が食い、移住蝗が残した物を跳び蝗が食い、跳び蝗が残した物を食い荒らす蝗が食った。(略)一つの民がわたしの地に攻め上って来たからだ。それは力強く、数え切れない。その歯は雄獅子の歯、その牙は雌獅子の牙。わたしのぶどうの木を荒らし、わたしのいちじくの木を折り砕き、その木肌を剥がして、投げ捨て、その枝は白くなった。(略)葡萄の木は枯れ、いちじくの木はしおれ、柘榴、棗椰子、りんご、野のあらゆる木々は枯れ果てた。喜びは人の子らから取り去られた。(ヨエル書1章4、6、7、12節・フランシスコ会聖書研究所訳)*2

 見ての通り、日本語訳聖書では蝗害をもたらす虫は「いなご」(蝗)と訳されることが多い。
 これについては、『百科辞典マイペディア』で「なお大群をなして移動する飛蝗(ひこう)はイナゴではなく、トノサマバッタ類である」*3と注記されていることからすると、生物学的には少々問題があるのかもしれない。
 しかしながら、日本では慣例的に蝗害をもたらす虫を「イナゴ」と呼ぶことが広く定着しているのも事実である。福音派の『新聖書辞典』では、いなごについて「直翅目、ばった科に属する昆虫の総称で、移住性の害虫である」*4と、明らかに生物学的な分類(イナゴはバッタ科イナゴ属またはイナゴ科イナゴ属の昆虫の総称であり、バッタ科の総称ではない)よりも広い定義がなされている。

 そうした事情を踏まえ、当「大事典」でも訳語としては「イナゴ」を使い、このように解説したページを別に設けることで対応する

 なお、フランス語訳聖書のうち、かつて広く用いられたスゴン訳、あるいは学術的と定評のあるエルサレム聖書などでは sauterelle が使われている。
 英語圏の場合、評価の高い英訳聖書の一つである NAB (新アメリカ聖書)や NRSV (新改訂標準訳)では locust が使われている。

ノストラダムス関連

 ノストラダムスは飛蝗をいくつかの詩で採り上げている。その単語は sauterelle, locuste (それとおそらく langouste も) が使われており、高田勇伊藤進訳では sauterelle を「いなご」、locuste を「ばった」と訳し分けているようにも見えるが*5、当「大事典」ではすべて一律に「イナゴ」とし、このページへのリンクを貼った。


今後の訳語の見通し

 日本聖書協会が主導している新翻訳事業では、生物学的正確性を重視し、動植物名が色々変わることが決まっており、「いなご」も「ばった」になる見通しであることは、比較的早い段階から言われていた*6

 そして、実際に2018年12月の公刊された正式な新翻訳版、つまり『聖書 聖書協会共同訳』がこの方針のまま「ばった」を採用したので、上で述べたような「イナゴ」についての慣用は徐々に廃れていく可能性がある。ただし、そのあたりは実際にどの程度のスピードで普及していくかや、フランシスコ会訳や新改訳が今後どのような対応をとるのかなどによっても変化するので、確定的なことがいえる状況にない(少なくとも新改訳2017は「いなご」を堅持している)。
 そのため、聖書協会共同訳が刊行されたけれども、当「大事典」では当面、上で述べた対応を堅持していく予定である。


【画像】 『聖書(旧約聖書続編付き) 聖書協会共同訳』


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最終更新:2020年03月10日 02:27

*1 『聖書 新共同訳 旧約続編つき』

*2 『聖書 原文校訂による口語訳』

*3 『百科辞典マイペディア』「イナゴ」

*4 『新聖書辞典』いのちのことば社、p.144

*5 高田・伊藤 [1999] p.311

*6 『福音と世界』2016年4月号、p.41