詩百篇第10巻76番


原文

Le grand senat1 discernera2 la pompe3,
A l'vn4 qu'apres5 sera vaincu chassé6,
Ses7 adherans8 seront à son de trompe,
Biens publiez ennemys9 deschassez10.

異文

(1) senat 1568X 1568A 1568B 1590Ro 1772Ri : Senat T.A.Eds.
(2) discernera : disernera 1568X, dicernera 1590Ro, decernera 1594JF 1605sn 1628dR 1649Xa 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668 1672Ga 1840, discornera 1716PR
(3) pompe : Pompe 1672Ga
(4) l'vn : vn 1594JF 1605sn 1628dR 1649Xa 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668 1672Ga
(5) qu'apres : qu'aprez 1605sn 1628dR 1649Xa
(6) chassé : chassez 1611A 1611B 1981EB, chassés 1716PR
(7) Ses : Des 1594JF 1605sn 1628dR 1649Xa 1649Ca 1650Le 1668 1672Ga
(8) adherans : adhærans 1672Ga
(9) ennemys : ennemy 1605sn 1628dR 1649Xa 1649Ca 1650Le 1668 1672Ga 1840
(10) deschassez 1568 1590Ro 1772Ri : dechassez 1591BR 1594JF 1597Br 1610Po 1603Mo 1606PR 1611A 1611B 1627Di 1627Ma 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba 1716PR 1720To 1981EB, dechassé 1605sn 1628dR 1649Xa 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668 1672Ga 1840

校訂

 2行目と4行目は韻を踏んでいるものの、単複が一致していない。17世紀の諸版では単数か複数かで統一するような異文が見られるが、ピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールリチャード・シーバースは特に統一していない。

 3行目 adherans (adherants) は現代語ならば adhérents で、中期フランス語でも adherens が使われていたが*1、些細な綴りの揺れだろう。

日本語訳

偉大な元老院が見抜くだろう、
後に打ち破られ、追い払われるであろう一人の虚栄を。
彼の支持者たちは喇叭の音で(召喚され)
財産が競売にかけられ、敵として追い出されるだろう。

訳について

 1行目 pompe を「虚栄」と訳すのはジャン=ポール・クレベールの読みに従ったものだが、訳の都合上、2行目に回した。
 ピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースpompeを語源の pompa にひきつけて理解し、「偉大な元老院が祝勝するだろう、後に打ち破られ、追い払われるであろう一人について」というような訳にしている。凱旋した人物が後に零落するというモチーフになるわけで、これはこれでありうる訳だろう。

 4行目 ennemis deschassez は「敵たちが追い出される」だが、「敵たち」は「支持者たち」と同じ一群と見ないと文脈にそぐわない。そこでラメジャラーの読みに従って言葉を補い、「敵として」と読んだ。
 クレベールは publiez ennemis とひとまとめにし、「(彼の支持者たちが)敵であると公〔おおやけ〕に宣告される」という読みを披露した。これはこれで面白いが、biens が浮いてしまうし、この行の前半律(最初の4音節)は biens publiez なので、採用できないだろう。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「上院は名誉をさずけられ」*2は誤訳。受動態にする必然性がない。実際、元になったはずのヘンリー・C・ロバーツの英訳では能動態になっている。
 2行目「あとで征服され強制される」も不適切。 à l'un que.. (que 以下であるところの一人に)が訳に反映されていない。ロバーツの英訳はきちんと to one who... という訳し方になっている。
 3行目「彼の側近のよき者が」も不適切。 à son de trompe (ラッパの音で)が訳に反映されていない。この点はロバーツの英訳も同様であった。なお、「よき者」は goods の誤訳。当然、ここでは「財産」の意味である。
 4行目「公然と売られ 敵は追われる」は上述の通り、一応成立する。

 山根訳について。
 1行目 「大いなる元老院が盛儀を識別するだろう」*3pompeの訳によっては成立する。ただし、少々意味が分かりづらいのではないだろうか。
 4行目「彼らの財産は売りに出され敵は駆逐される」は上述の通り、成立する訳。

信奉者側の見解

 最初に解釈したジャン=エメ・ド・シャヴィニー(1594年)を除けば、ほぼ全訳本の類でしか解釈されてこなかった詩であり、全訳本ですらあまりまともに解釈されてきたと言い難い。

 シャヴィニーは『フランスのヤヌスの第一の顔』(1594年)に載せたアンリ4世の家臣アルフォンス・ドルナノ (Alphonse d’Ornano) 宛の献辞の中で、パリ高等法院が王国に関する優越権を認めた人物たちが追い払われ、アンリ4世のパリ入市が実現するだろうとする解釈を示した*4(アンリ4世は即位したものの、カトリック同盟の強固な反対によってパリへの入市を果たせないでいた)。

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、この詩で難しいのは元老院と特定の人物が何を意味するかだけ、とコメントした。

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は漠然とした解釈しかつけていなかったが、後の娘らによる改訂では、1982年にアメリカ上院(Senate)で、ニュージャージー選出議員のハリソン・ウィリアムズが不祥事によって罷免されたことを指すのではないかとされた*5

 エリカ・チータム(1973年)は一般的な詩としてほとんどコメントしなかった。上記のハリソン・ウィリアムズの罷免の後でもそのスタンスは変わらなかった*6。ただし、チータムの本の日本語版では、ニクソン大統領のウォーターゲート事件とする解釈に差し替わっている。

 セルジュ・ユタン(1978年)はフランスの第三共和政の終焉(1940年)についてと解釈した*7

懐疑的な見解

 シャヴィニーの解釈について、確かにアンリ4世の入市は1594年に実現したから的中したといえなくもないが、その前年にカトリックへの改宗を済ませてパリ市民の態度軟化につなげつつあった情勢からすると、予測はそう難しくなかったのではないかとも思える。

同時代的な視点

 権勢を誇った人物の虚栄や虚飾が暴かれて追放され、その取り巻きも悲惨な目に遭うという内容である。一部の信奉者からもコメントされていたように、かなり一般的な内容で、もう少し限定する要素がないと特定が難しいといえる。

 ピーター・ラメジャラーは2003年の時点では出典未特定としつつも、スエトニウスの『ローマ皇帝伝』に見られるユリウス・カエサルのエピソードとの類似性を示唆していたが、2010年には単に出典未特定とだけした。


※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。


コメントらん
以下に投稿されたコメントは書き込んだ方々の個人的見解であり、当「大事典」としては、その信頼性などをなんら担保するものではありません (当「大事典」管理者である sumaru 自身によって投稿されたコメントを除く)。
 なお、現在、コメント書き込みフォームは撤去していますので、新規の書き込みはできません。

  • 今の北朝鮮の情勢を暗示しているような -- P (2017-04-24 11:28:07)
  • そうかも。もしかして、trompe が米国45代目のトランプ大統領を暗示しているのかも? 財産のくだりも、彼が元ビジネスマンだったことを示唆しているのかも? 北朝鮮危機を予言している可能性があるな。 -- とある信奉者 (2017-05-10 10:12:09)

タグ:

詩百篇第10巻
最終更新:2019年11月14日 22:50

*1 DMF

*2 大乗 [1975] p.303。以下、この詩の引用は同じページから。

*3 山根 [1988] p.338 。以下、この詩の引用は同じページから。

*4 Chavigny [1594] p.287

*5 Roberts (1947)[1949], Roberts (1947)[1994]

*6 Cheetham [1973], Cheetham (1989)[1990]

*7 Hutin [1978], Hutin (2002)[2003]