百詩篇第10巻80番


原文

Au regne grand 1 du grand regne 2 regnant 3 ,
Par force 4 d'armes 5 les grands portes 6 d'arain 7
Fera ouurir le roy & duc 8 ioignant 9 ,
Port 10 demoly nef à fons 11 iour 12 serain.

異文

(1) regne grand : regne 1611B, Regne grand 1672
(2) grand regne : regne 1653 1665, grand Regne 1672
(3) regnant : Regnant 1672
(4) force : forces 1653 1665
(5) d'armes : darmes 1568A, d'arme 1716
(6) portes : Portes 1672
(7) d'arain 1568B 1568C 1605 1649Xa 1772Ri : darain 1568A 1590Ro, d'airain 1568I 1591BR 1597 1600 1603Mo 1610 1611 1628 1649Ca 1650Le 1668 1672 1716 1840, d'airains 1627 1644 1650Ri, d'æirains 1630Ma, d'airins 1653 1665, d'ærain 1981EB
(8) roy & duc 1568A 1568B 1568C 1590Ro 1772Ri : Roy & Duc T.A.Eds.
(9) ioignant : iognant 1627 1630Ma
(10) Port : Fort 1597 1600 1603Mo 1610 1627 1630Ma 1644 1650Ri 1653 1665 1840
(11) fons : fous 1627, fonds 1672
(12) iour : iou 1628

校訂

 d'arain は現代語を基準にすると d'airain とすべきだが、中期フランス語では arain も使われていた *1 。誤りと判断すべきかは難しいが、他の箇所では aerain が使用されていることからすると不自然なのは否めない。
 同じように serain は serein の綴りの揺れだが、こちらは d'arain (d'airain)の -ain に揃えたものかもしれない。

日本語訳

王国の王たる偉人の偉大な王国にて、
(彼は)軍隊の力によって青銅の大門を
開かせるであろう、王と公爵を結びつけつつ。
崩れた港、船は水底に。(天候は)穏やかな日。

訳について

 1行目はノストラダムスには珍しい、同じような単語を畳み掛ける表現なので、和訳でも多少とも反映されるようにした。regnant > regner は現代語では自動詞だが、DMFでは gouverner と語釈されており、他動詞でも使えた。(le ) grand regne regnant は「王国を統治する偉人」だが、regne と regnant という同語源の単語が使われていることから、「王国の王たる偉人」と意訳した。
 当「大事典」の訳は、ピーター・ラメジャラーの英訳 In the great realm of the lord reigning over the kingdom *2 ともそう変わらないが、ラメジャラーはかつて When o'er the realm the regent comes to reign *3 と英訳していた。 grand を regent (摂政)と訳す根拠が不明で、当「大事典」としては支持しかねる。ラメジャラー自身が後に放棄しているのだから無視してよいかというと、そうもいかない。リチャード・シーバースが When over the realm the regent now reigns *4 と英訳しているからである。しかし、シーバースも何もコメントしていないため、訳の根拠については分からない。

 4行目 serain は serein の綴りの揺れ *5 。中期フランス語の形容詞として「雲も風もない」(sans nuages et sans vent )、名詞で「晩」(soir)、「静寂」(calme)といった意味である *6 。「雲も風もない日」と訳そうかと思ったが、原語が一語であることから日本語でもできるだけ簡潔に訳した。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「統治において 統治の中で統治して」 *7 は言葉の畳み掛けを意識している点では原典に忠実といえなくもないが、なぜかgrand が2箇所とも無視されており、原文の意味合いからは離れている。
 2行目「軍の力で真ちゅうの大門が」は、例によって転訳による誤訳。airain は「青銅」(bronze, 銅と錫の合金)であって、「真鍮」(laiton, 銅と亜鉛の合金)ではない。
 3行目「王は公爵と結んでひらかれるだろう」はやや不適切。使役の fera があるので「開かせるだろう」でなければおかしい。
 4行目「港は破壊され 船は晴れた日にしずむだろう」は、意訳の範囲だろう。本来、4行目には「しずむだろう」という動詞はなく、à fons (水底へ)とだけある(fons は fond の中期フランス語における綴りの揺れ *8 )。ただし、中期フランス語の成句で mettre à fond / fons で「(船を)しずませる」というものがあったため、その mettre (mettra) が省かれていると理解すれば、「しずむだろう」という意訳は理解できないこともない。

 山根訳について。
 1・2行目 「偉大なる人物が統治する王国/武力による支配 強権をもって真鍮の大門を開かせよう」 *9 は、原文の3行目冒頭までを2行にまとめている。それ自体は意訳として許容されるだろうが、1行目で言葉が省かれているため、畳み掛けているニュアンスがまったく読み取れない。また、「真鍮」の不適切さは大乗訳と同じ。
 3・4行目も一部の言葉が行をずらされているが、訳語としてはとくにおかしくはない。
 4行目「船は水底に沈み 静穏なる一日」の「沈み」に当たる動詞が原文にないという点は、上の大乗訳への指摘と重なるので省く。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、「部分的に不明ではあるが、単語も意味も平易」とだけコメントした *10

 アナトール・ル・ペルチエ(1867年)は、未来に現れる「偉大なケルト人」に関する予言の一つと解釈し、「青銅の大門を開かせる」とはヤヌス神殿(百詩篇第10巻27番参照)に由来する戦争の比喩であろうとした。その上で、「偉大なケルト人」の統治下では、もはや要塞は必要なくなり(ル・ペルチエは4行目の Port を Fort とする異文に従っている)、その命令はキリスト教の正しい教え(オルトドキシ)に基づくものになり(ル・ペルチエは fons を「底」ではなく「水源」と理解しており、そこから象徴的な解釈を導いている)、「穏やかな日々」が実現される、と描き出した *11
 ヴライク・イオネスクは1976年と1987年の著書では何も解釈していなかったが、1993年の著書では「偉大なケルト人」の予言とする解釈をほぼ踏襲した *12

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)の解釈は文脈が不鮮明ではあるが、近未来に現れる大君主に関連する詩と解釈していた点ではル・ペルチエに類似している *13 。息子のジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは1980年のベストセラーでも晩年の著作でも解釈していなかった。

 エリカ・チータムは1973年の時点では一言も無かったが *14その日本語版では、日本軍による真珠湾攻撃(1941年)とする解釈が挿入されていた *15 。しかし、チータム自身は後の著書でも、特定しうる固有名詞がなく判断が難しいとしつつ、疑問符付きで外れた予言の可能性を挙げるにとどまっていた *16

 セルジュ・ユタン(1978年)は「ナポレオン帝国」と一言だけの解釈で、これはボードワン・ボンセルジャンの補訂(2002年)でもそのままだった *17

 ネッド・ハリー(1999年)は、偉人とはギリシア神話におけるタイタン(巨人族)の王クロノスで、タイタニック号沈没(1912年)を予言したものと解釈した *18

同時代的な視点

 「偉大なケルト人」のモチーフと見たル・ペルチエの解釈(上の節参照)は、実証主義的な解釈ともある程度共通する。
 ジャン=ポール・クレベールは特定のモデルを挙げていないが、「青銅の大門を開かせる」とは、ヤヌスの門を指すのではないかとした *19
 ピーター・ラメジャラーは『ミラビリス・リベル』に描かれた大君主の予言、特にイスラーム勢力の手からローマが解放されるモチーフをモデルにしているのではないかとした *20

 ル・ペルチエの解釈と実証主義的解釈の最大の違いは、そうしたモチーフが未来に実現すると信じているか否かであろう。

その他

 ロジェ・プレヴォは、1行目の同じ語を畳み掛ける表現に、同時代の大詩人クレマン・マロが好んだ言葉遊びとの類似性を見出している *21


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