原文
Soubz le terroir du rond1 globe2 lunayre3,
Lors que4 sera dominateur Mercure:
L’isle5 d’Escosse fera6 vn luminaire7,
Qui8 les9 Anglois mettra à desconfiture.
異文
(1) du rond : dur ond 1649Xa, du long 1653 1665
(2) globe : Globe 1672
(3) lunayre : lumaire 1649Xa, Lunaire 1672 1715DD
(4) Lors que : Lorsque 1715DD
(5) L'isle : L'Isle 1568 1588-89 1589PV 1590Ro 1590SJ 1591BR 1597 1605 1611 1628 1650Ri 1672 1715DD 1772Ri 1981EB, Lisle 1627, l’Isle [sic.] 1649Xa
(6) fera : sera 1649Ca HCR
(7) luminaire : Lumenaire 1672
(8) Qui : Que 1672
(9) les : des 1981EB
日本語訳
太陰の丸い球体の領域のもとで、
メルクリウスが支配者となるであろう時、
スコットランドの島が光るものをひとつ生み出すだろう。
それはイングランド人たちを落胆させるだろう。
訳について
1行目「太陰の丸い球体」は月のこと。冗長だが、あえて直訳した。
2行目dominateur は支配者を意味する。占星術的には支配星ということになるが、この2行目の描写が星位かどうかがはっきりしないため(後述のラメジャラーの解釈参照)、そのまま「支配者」とした。
4行目 desconfiture は中期フランス語では「完敗」(défaite complète)、「壊走」(déroute)、「(敗北後の)死体に覆われた野」(Champ couvert de cadavres (après la défaite))、「落胆、失意」(abattement, découragement)などの意味があった。どの訳語を選ぶかで、かなり受け取るニュアンスが変わる。
既存の訳についてコメントしておく。
大乗訳について。
1行目 「月のようなまるい球体の地域のところで」は、そのように訳せないわけではない。lunaire は「月の、太陰の」という意味のほか、「月のような」の意味もあるからだ。ただし、この詩であえて月と別の物体であるかのように訳す必然性があるかは、少々疑問である。
2行目「水星が子孫のあるじとなるとき」は誤訳。
ヘンリー・C・ロバーツが dominateur を lord of the ascendant と英訳したことを踏まえたのだろうが、ascendant はこの場合、占星術の「アセンダント」(上昇宮)のことだろう。そもそも「子孫」は descendant である。
3行目「スコットランドは発光体となり」は本来の原文からすると誤訳。大乗訳の場合、底本が fera ではなく sera となっているので、その訳としては誤りではないが、その異文を支持すべき理由がない。
4行目「英国は改革にむかう」は誤訳。desconfiture (deconfiture) が「改革」になる理由が不明。
山根訳について。
1行目 「円い月に似た球形の土地の下」の疑問点は大乗訳についての指摘と重なる。
2行目「水星の威力が頂点に達したとき」は占星術的な解釈を交えすぎであろう。
信奉者側の見解
テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、イングランドとスコットランドが連合王国となって以来、このような出来事は起こっていないとコメントしていた。
しかし、
D.D.(1715年)は、スコットランドのダンファームリン宮で生まれたイングランド国王チャールズ1世(在位1625年 - 1649年)についてと解釈した。
この解釈は
チャールズ・ウォード(1891年)、
ロルフ・ボズウェル(1943年)が踏襲した。
ジェイムズ・レイヴァー(1952年)はD.D.らによるチャールズ1世とする解釈を否定しつつ、ジェイムズ2世の孫「小王位僭称者」チャールズ・エドワード・スチュアートと解釈した。チャールズ・エドワードはジャコバイト(名誉革命後にジェイムズ2世とその子孫を正統と見なした人々)の中心として王位を請求し、1745年にスコットランドから始まった「45年の反乱」でイギリス王を僭称し、ロンドンを目指して南下したが、敗北して大陸へと逃亡した。
エリカ・チータム(1973年)、
ネッド・ハリー(1999年)もチャールズ・エドワード・スチュアートとする解釈を踏襲した。
セルジュ・ユタン(1978年)はチャールズ・エドワードの名を挙げていないが、18世紀に起きたハノーヴァー朝に対するスコットランドでの反乱に当てはめられる可能性を示していたため、レイヴァーらと類似の解釈と見なせるだろう。
他方、
ウジェーヌ・バレスト、
アナトール・ル・ペルチエ、
フォンブリュヌ親子、
ヴライク・イオネスクらは全く触れておらず、全訳本という体裁上コメントをつけたユタンは、フランス語圏の解釈書としては例外的な部類に属するようである。
アンドレ・ラモン(1943年)は遥か未来に置き、2012年から始まる「水星の時代」にイギリスで政変が起こり、スコットランドがイギリスの中心的地位をイングランドから奪うことになると解釈していた。なお、ここでいう「水星の時代」は後述の
354年4か月(未作成)とは無関係の算定で、根拠がよく分からない。
同時代的な視点
ピエール・ブランダムールはこの詩について、「(不確かな時期の)
メルクリウスのクロノクラトリー(Chronocratorie, 恐らく占星術用語、語義未詳)は、我々の月下の世界に作用する」とだけコメントしていた。とりあえず、1行目を月下の世界(すなわちこの地上の世界)、2行目を占星術的な表現と理解していることは読み取れる。
ピーター・ラメジャラーは1行目を月下の世界と理解する点は同じだが、2行目は
354年4か月(未作成)の周期ではないかとした。ノストラダムスの時代から見て直近の「水星の時代」は西暦824年から1179年のことであった。
ラメジャラーは1170年代にイングランド王ヘンリー2世に戦いを仕掛け、敗北し、臣従を誓わされたスコットランド王ウィリアム1世がモデルではないかとした。
ラメジャラーはもしこれがモデルだとすれば、ノストラダムスが何からこの情報を得たのかが分からないとしたが、それだけでなく、これがモデルならば、4行目との整合性がいまひとつ不明瞭なようにも思われる。
コメントらん
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- ピューリタン革命勃発のいきさつから勃発までを予言している。1639年にイギリスの王 チャールズは スコットランドで広くおこなわれていたカルバン的な長老議会派教会を英国教会に似た監督派教会にかえようとしたために、スコットランド人たちが反抗をはじめた。1行の言い回しはオリバー・クロムウェルのアナグラムが導かれると言うことに過ぎない。 -- とある信奉者 (2020-05-03 09:50:15)
最終更新:2020年05月03日 09:50