百詩篇第12巻71番


原文

Fluues 1 , riuieres de mal seront obstacles.
La vieille 2 flame d’ire 3 non apaisée 4 ,
Courir en France. cecy comme d’oracles 5 :
Maisons, manoirs, palais, secte 6 rasée 7 .

異文

(1) Fluues 1594JF: Fleuues T.A.Eds.
(2) vieille: vielle 1605 1649Xa 1672
(3) d’ire : dire 1627
(4) apaisée : apaisee 1611, apaissee 1627, apaissée 1650Ri
(5) d’oracles : d’Oracles 1627 1644 1650Ri 1653 1665
(6) secte : Secte 1611, teste 1627 1653 1665, seste 1644 1650Ri
(7) rasée : rasee 1611 1627 1650Ri 1653

校訂

 secte を teste としている版がいくらかあるのは、後述する意味を考えれば、一定の妥当性は認められる。ただし、この詩がそもそも本物かどうかも分からない段階で、しかもその異文を示しているのが信頼性の低い1627年版からとなれば、安易に支持するわけにもいかないだろう。

日本語訳

大河と小川は災禍の障壁となるであろう。
いにしえの炎は怒りのせいで鎮まることなく、
フランスで巡る。このことは神託によるもののごとし。
屋敷、荘園、宮殿、剃髪の宗派。

訳について

 既存の訳として、大乗訳についてコメントしておく。
 2行目 「ふるい怒りの炎はまだあらわれず」 *1 は明らかに誤訳。ヘンリー・C・ロバーツの英訳 The old flame of anger being not yet appeased *2 の appeased を appeared と誤読したものか。

 4行目 「家 領地 宮殿 派閥はくずれるだろう」は、ロバーツが rasée に shall be razed という訳をあてていることによるのだろう。確かに、そのように訳せないわけではない (rasée が maisons などにも係る場合、性・数が一致しないが、そういう係り方がありうることは実証的な論者も認めている)。
 secte rasée にエドガー・レオニが shaven sect という訳をあてているように、一般に rasée は 「(髪・ひげなどを)剃られた」 の意味で、ピエール・ブランダムールが指摘していたように、ノストラダムスの作品では聖職者を表す常套表現である *3 。そのことから、当「大事典」ではひとまずこちらの訳を採用するが、外部サイトで指摘されているように *4 、従来の信奉者的解釈を展開した論者たちはむしろ「壊す」意味合いで訳すことが多かったのも事実である。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニー(1594年)は前半を1562年の宗教戦争の一場面、後半は1572年のサン=バルテルミーの虐殺の後に、コリニー提督の邸宅やシャチヨンの城 (シャチヨン家はコリニーらプロテスタントの3兄弟を輩出した) が取り壊されたことと解釈した *5
 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、サン=バルテルミーの虐殺に続いた様々な悲劇の描写と解釈した *6

 アンドレ・ラモン(1943年)は、スペイン内乱と第二次世界大戦に関わる予言と解釈した *7

 ジョン・ホーグ(1997年)は宗教戦争と関連付けた *8

 中村惠一(1983年)は、1999年の詩などを1999年8月12日に大洪水が起こると解釈していて、この詩はその情景を補完するものとして取り上げられていた *9
 中村の翻訳は出典の明記なしに佐藤天樹(未作成)(1998年)によって転用され、やはりフランスに起こる大洪水の予言と解釈されていた *10

 二瓶孝次(未作成)(1999年)は「大河」を大川隆法、「小川」を小川知子、「悪」を週刊誌『フライデー』などの「マスコミに巣くう悪の勢力」と解釈した。さらにフランスを「仏国」と訳した上で「仏教国家たる日本国」と理解し、4行目についても1990年代のバブル崩壊やオウム真理教事件と関連付けた *11

同時代的な視点

 エドガー・レオニは16世紀の宗教戦争の描写と捉えている。
 詩の情景は確かにそうも解釈できるが、漠然としすぎている分、予兆詩の草稿ないし失敗作だったとしても違和感はない。

 ただし、4行目を 「屋敷、荘園、宮殿、宗派が破壊しつくされる」 と訳すのならば、確かにガランシエールらの言うように、サン=バルテルミー直後のプロテスタントの受難に比較的よく当てはまるのも事実である。ただし、その場合、この詩の初出が1594年であることを踏まえ、シャヴィニーによる偽作 (事後予言) の可能性も検討すべきなのかもしれない。

その他

 1644 1650Riでは詩番号を75番としている。


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  • この詩の解説を改稿しましたが、それに関連する話は、姉妹サイトに当たるブログのほうに書いています。 -- sumaru (2013-01-16 22:32:01)
  • 10巻以降の存在と6行詩の存在が怪しいので、それらの解釈はしないし、無意味。 -- とある信奉者 (2013-01-20 00:26:53)

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