百詩篇第5巻79番


原文

La 1 sacree pompe 2 viendra baisser les æsles 3 ,
Par 4 la venue 5 du grand legislateur 6 :
Humble haulsera 7 vexera les rebelles,
Naistra sur terre 8 aucun æmulateur 9 .

異文

(1) La : Par 1600 1610 1611 1627 1630Ma 1644 1650Le 1650Ri 1653 1668 1716 1981EB
(2) pompe : Pompe 1672
(3) æsles 1557U 1557B 1588-89 1589PV 1590SJ : aisles T.A.Eds.
(4) Par : Pa 1610
(5) venue 1557U 1557B 1568 1588Rf 1589Rg 1590Ro 1597 1600 1610 1627 1630Ma 1650Ri 1672 : venuë T.A.Eds.
(6) legislateur : Legislateur 1590SJ 1603PL 1649Ca 1650Le 1665 1668 1672
(7) haulsera : haussera 1589PV 1590Ro 1597 1603PL 1605 1610 1611A 1627 1628 1630Ma 1644 1649Xa 1649Ca 1650Le 1650Ri 1653 1665 1668 1672 1981EB
(8) terre : Terre 1672
(9) æmulateur : emulateur 1588-89 1644 1650Ri 1653 1665, æmulrateur 1649Xa, Æmulateur 1672, œmulateur 1840

日本語訳

聖なる華美がその翼を低くすることになるだろう、
偉大な立法者の到来によって。
下層民を高くし、反逆者たちを悩ませるだろう。
(彼と)競える者は地上に一人も生まれないだろう。

訳について

 1行目 pompe について、ピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースはいずれもそのまま pomp と英訳している。なお、「翼を低くする」は勢力を弱めることを意味するノストラダムスの常用語のようなものである(百詩篇第1巻6番ほか)。
 4行目 æmulateur は現代フランス語では émulateur だが、もとはラテン語の aemulator (競争者、模倣者 *1 )である。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 2行目 「偉大なる法をあたえるためにやってきて」 *2 は「偉大」「法」「やってきて」など、単語レベルで部分的な一致は見られるものの、全体としては原文から離れすぎている。ただし、元になったはずのヘンリー・C・ロバーツの英訳は at the comming of the great law giver *3 で、そうおかしなものではない。
 3行目「彼は謙虚で反逆者をくやしがらせる」は、前半が明らかに不適切。humble は確かに形容詞だと「謙虚な」「卑賤な」などの意味もあるが、それを高くするだろう、とあるのだから、この場合は身分の低い立場を示す名詞的に使われていると見るべきだろう。実際、ラメジャラーやシーバースの英訳でもそうなっているし、そもそもロバーツの英訳でも raise the humble と訳されている。
 4行目「競争者がそのほかにでることはない」は大意としては正しいが、naistra sur terre (地上に生まれるだろう)が aucun (誰も)で否定されている原文の意味からすると、やや簡略化された印象がある。

 山根訳について。
 1行目 「聖なる盛儀が翼を休めに訪れよう」 *4 は「翼を低くする」=「翼を垂らして休める」と理解したのだろうが、上述の通り、「勢力を弱める」ことを意味する慣用表現であろうことからすると、その意味合いが読み取りづらい意訳ではないかと思われる。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、キリストの誕生やクリスマスと関係のある詩のようだ、とだけコメントしていた *5

 その後、20世紀に入るまでこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、ジャック・ド・ジャンバルタザール・ギノーD.D.テオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードの著書には載っていない。

 シャルル・ニクロー(1914年)は、ナポレオンの戴冠式と解釈した。偉大な立法官はローマ教皇のことで、その前でナポレオン(鷲)がその翼を下げた、というわけである *6
 エリカ・チータム(1973年)、ヴライク・イオネスク(1976年)、ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(1980年)もナポレオンと解釈したが、彼らは逆にナポレオン法典の存在などから偉大な立法官がナポレオンのことで、彼の戴冠によってキリスト教勢力が減衰したことを示すとした *7 。そうした解釈は彼らより先に、エドガー・レオニ(1961年)の著書に見出すことが出来る *8

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は近未来に現れる偉大なローマ教皇に関する予言としていた *9

 アンドレ・ラモン(1943年)はキリストの再臨に関する予言と解釈した *10

 ロルフ・ボズウェル(1943年)は近未来に現れる偉大なフランス王アンリ5世と解釈していた *11

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)はアメリカ大統領リンカーン(リンカン)についてと解釈した *12 。これは娘夫婦や孫の改訂でも変化なかった。

 セルジュ・ユタン(1978年)は疑問符付きでド・ゴール将軍と解釈した *13ボードワン・ボンセルジャンの補訂(2002年)では、ノストラダムス予言にしばしば登場する大君主に関する予言とする解釈に差し替えられた *14

同時代的な視点

 ピーター・ラメジャラーは編者不明の予言書『ミラビリス・リベル』(1520年前後)に収録された予言、特にその第1章(偽メトディウス)や第2章(ティブルのシビュラ)に描写された世界最終皇帝に関する予言が下敷きになっているのではないかとした。


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