百詩篇第4巻75番


原文

Prest a 1 combatre fera 2 defection 3 ,
Chef aduersaire obtiendra la victoire:
Larrieregarde 4 fera defention 5 ,
Les deffaillans mort 6 au blanc 7 territoire

異文

(1) a 1557U 1557B 1568A : à T.A.Eds.
(2) fera : sera 1588-89
(3) defection : sa defection 1981EB
(4) Larrieregarde 1557U 1557B 1568A 1590Ro : L’arrieregarde 1568B 1568C 1772Ri, L’arie regarde 1588-89, Larriere garde 1590SJ 1672, L'arriere-garde 1644, L’arriere garde T.A.Eds.
(5) defention 1557U 1557B 1589PV 1590SJ 1649Ca : defension T.A.Eds.
(6) mort : morts 1630Ma 1644 1650Ri 1653 1665 1840
(7) au blanc : au ablanc 1611A

校訂

 1行目の Prest a は Prest à が適切であろう。ブリューノ・プテ=ジラールはそれを採用しているし、明記していなくてもピーター・ラメジャラーらは明らかにそういう風に訳している。
 3行目 Larrieregarde は L'arriere(-)garde となっているべき。この点、全く異論はない。
 4行目 mort について、エドガー・レオニブリューノ・プテ=ジラールピーター・ラメジャラーは morts と校訂している。

日本語訳

いざ戦おうと(いう時に)遁走するだろう。
敵方の指導者が勝利をつかむだろう。
後衛は防御するだろう。
衰える者たちは白い領土で死ぬ。

訳について

 1行目 defection は現代フランス語(défection)では「離脱、背反」「欠席」などの意味で、ピーター・ラメジャラーの英訳ではdesertion (放棄、脱走)、リチャード・シーバースの英訳では vanish (消える)、ジャン=ポール・クレベールの釈義では fera defection が se dérobera (逃れるだろう、遠ざかるだろう)があてられている。ただし、DALF には「解体(破棄、撃破)するという行動」(action de défaire, de détruire) *1 、DMFには「敗北」(défaite)、「蝕」とある *2 。他方、エドガー・レオニが指摘していたように、語源はラテン語 defectio (背反、衰微、蝕)である。

 3行目 defension は現代フランス語にはない。DALF には「防御」(défense)、「保護」(protection)、「抵抗」(résistance)とある *3

 4行目 defaillant は défaillir の現在分詞。 défaillir は現代語では「欠ける、衰える」の意味で、défaillant は「欠席者」を意味する。中期フランス語の defaillir は上記の意味の他に「死ぬ」(mourir)の意味があった *4 。他方、DALF には defaillir の意味の一つとして faire défection (逃亡する)が載っている *5 。実際、クレベールは déserteurs (脱走兵たち)と釈義している。エドガー・レオニは faltering ones (たじろぐ者たち)、ピーター・ラメジャラーは injured (傷つけられた〔人〕)、リチャード・シーバースは weak (弱い〔人〕)と英訳している。
 territoire は「領土、領地」の意味だが、中期フランス語では単なる「土地、地面」(terre)の意味でも使われた *6
 なお、4行目のみは動詞がなく、過去分詞のみで語られている。ゆえに省略されている時制が不明瞭だが、1~3行目までが単純未来なのだから、4行目もそのように理解して「死ぬだろう」と意訳してしまっても、特に問題はないものと思われる。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「戦いの用意をする人は気力なく」 *7 は、上述の通り、defection をラテン語の defectio に遡って「衰微」の意味を導けば、成り立つだろう。
 3行目「後軍は最後まで戦い」は、「最後まで」に当たる語はないが、ひとつの意訳としては成立するだろう。
 4行目「敗れた人は白い国土に死ぬのだ」は、defaillants を「敗れた人」と訳すことに、やや議論があるかもしれない。

 山根訳はおおむね問題はない。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、白い領地が意味するところを除けば何も難しくないとしつつ、その肝心の白い領地の解釈は、読者の判断にゆだねるとした *8

 その後、20世紀初頭までこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、ジャック・ド・ジャンバルタザール・ギノーD.D.テオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードシャルル・ニクローの著書には載っていない。

 コラン・ド・ラルモール(未作成)(1925年)は、ワーテルローの戦い(1815年)におけるウェリントンの勝利と解釈した *9
 同様の解釈はジェイムズ・レイヴァー(1942年)、エリカ・チータム(1973年)、ネッド・ハリー(1999年)らが踏襲した *10

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は1814年初頭のナポレオンの苦境および1度目の退位についてと解釈した *11 。しかし、息子のジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(1980年)は、ラルモールらのようにワーテルローの戦いと解釈した *12

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)はかなり漠然とした解釈しかつけていなかったが、夫妻の改訂(1982年)では、太平洋戦争におけるアメリカの勝利とする解釈に差し替えられた *13

 セルジュ・ユタン(1978年)は、ナポレオンの部下として勲功を上げた後、スウェーデンの王位継承者となって反ナポレオン同盟に加わったフランス軍人ベルナドット(のちスウェーデン王カルル14世)についてと解釈した *14

同時代的な視点

 ピーター・ラメジャラー百詩篇第4巻45番(未作成)などとも関連付けつつ、パヴィーアの戦い(1525年)をモデルと見なした。この戦いでは、フランス王フランソワ1世の義兄弟に当たるアランソン公が早々と撤退したこともあってフランス軍が大敗し、多くの犠牲を出しただけでなく、フランソワ1世まで捕虜となったのである。
 ラメジャラーは4行目の白い領地を人のいない土地(=空白の土地)と理解し、誰もいなくなった土地に死傷者が横たわっているというイメージで捉えているようである *15

 この解釈はリチャード・シーバースが踏襲した *16 。 


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