百詩篇第9巻98番


原文

Les 1 affligez 2 par faute d'vn seul taint 3 ,
Contremenant 4 à partie opposite 5 ,
Aux Lygonnois 6 mandera que contraint 7
Seront de rendre le grand chef de Molite 8 .

異文

(1) Les : Le 1668
(2) affligez : Affligez 1772Ri
(3) taint : tain 1627 1630Ma 1644 1650Ri 1653 1665
(4) Contremenant : Contreminant 1568A 1590Ro, Contremenan 1653 1665
(5) opposite : oppsite 1605
(6) Lygonnois : Lyonnois 1668P 1981EB
(7) contraint : constraint 1568A
(8) Molite : Molité 1772Ri

校訂

 Lygonnois は Lyonnois (Lyonnais) の誤記の可能性が高い(ピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースら)。マリニー・ローズのように、g の混入をリヨン住民の古称 Lugdunensis と関連付ける見解もある。ただし、ローズ自身も含めて、後述するように異論もある。
 Molite は Melite (マルタ島の古称)の誤記の可能性が高い。ラメジャラー、シーバース、マリニー・ローズジャン=ポール・クレベールらがこの見解である。若干の異論は後述する。

日本語訳

染まった独り身の過ちによって苦しめられた者たちを
逆の陣営へと(独り身に)対抗して導き、
(ある者が)リヨンの人々に告げるであろう、
メリタの偉大な指導者を引き渡さざるをえなくなるだろうと。

訳について

 2行目 contremenant は contremener の現在分詞と理解できるが、contremener という動詞は現代語にも古語にも見当たらない。アナトール・ル・ペルチエは contremener を contremander (命令などを取り消す)と同じ意味と理解した。エドガー・レオニは contremenant を contrevenant の誤りと見なした。contrevenant は contrevenir (法規などに違反する) の現在分詞である。break their word と英訳したリチャード・シーバースはこの読みを採ったのだろう。マリニー・ローズは contremener は mener contre (~に対抗して導く)と同義とした。turn them over (to) (彼らを~に引き渡す)と英訳したピーター・ラメジャラーは、ある程度ローズの読みに近いのかもしれない。当「大事典」ではとりあえずローズの読みに従った。

 3行目 Lygonnois は Lyonnois の誤記と見なしてリヨンの人々としたが、ジャン=ポール・クレベールはマルタとの関連から、ビュザンティオン(イスタンブル)の古称の一つである Lygos を形容詞化した「ビュザンティオンの人々」の意味を導いている。かなり面白い読みではある。他方、(文脈はかなり異なるが)百詩篇第8巻6番(未作成)にも、リヨンとマルタの組み合わせは登場しており、そちらはクレベールもリヨンとマルタとしている。
 また、エドガー・レオニマリニー・ローズはリヨン住民を最初に挙げつつ、ラングルの住民を示すラテン語 Lingones からの可能性も示していた。
 なお、3行目 mandera は活用形からして三人称単数が主語になっているので、1行目の les affligez を主語と見なすことは出来ない。 

 4行目 Molite はクレベール、ラメジャラー、シーバースらと同じく Melite の誤記と見なした。かつてアナトール・ル・ペルチエは戦争を意味するギリシア語 molos からと見なしており、レオニはメリタを第一義としつつも、「戦争」の可能性も挙げていた。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「一人のあやまちでただ一人が死に」 *1 は誤訳。元になったはずのヘンリー・C・ロバーツの英訳(The afflicted by fault of one, only died *2 )自体が微妙だが、これを訳し間違えたのだろう。
 3・4行目「リヨンの人々にことばをおくり かれらは強制される/モリットの首長はとりかこまれて」も誤訳。「ことばをおくり」はロバーツの英訳 send word の直訳だろうが、これは「知らせる」を意味する成句。「彼らは強制される」は、constraint が(数の一致はともかく)4行目 seront と結びついていることには諸論者に異論がないことを考慮すれば、「彼らは」を補ったことも含めて特に問題はない。しかし、「とりかこまれて」に該当する語が原文にない。ロバーツの英訳の surrender (明け渡す、引き渡す)を surround (取り囲む)と見間違えたか。

 山根訳について。
 2行目 「違反者は反対党に属するだろう」 *3 は、上述の contremenant を contrevenant とする読みに基づいたもの。
 3・4行目「彼がリヨンに指示し 強制するだろう/あきらめてモリタの首領に頭をさげよと」は、元になったはずのチータムの英訳では、首領の前に前置詞 to が補われていることで、意味がかなり変わっている。ラメジャラーの英訳では hand over the great chief... で、シーバースの英訳は surrender the chief... となっており、いずれも「首領を引き渡す」の意味になっている。

 この詩については五島勉も『ノストラダムスの大予言・残された希望編』で訳しているのでコメントしておく。
 1行目「たったひとつのものの罪(欠陥)のため、多くのものが荒廃(苦悩)する」 *4 は、taint (染められた)が訳に反映されていない点で不適切だし、les affligez は確かに複数形だが、「多くの」を補うのは疑問。
 2行目「反対するものたちとは相入れない」は、contremener を「相容れない」と訳すことに少々疑問がある。
 3行目「リゴノワに命じて妨害させる」は、contraint を「妨害させる」と訳すのが強引だろう。なお、五島は Lygonnois を Lyonnois の誤記または変形と理解し、「ライオンの」としていた。しかし、lyonnois (lyonnais)は都市リヨンの形容詞形であって、ライオンの形容詞形ではない。『予言集』ではどちらも lyon と綴られていたからといって、少々強引ではないかと思われる。
 4行目「モリットに報復するように」は grand chef de (~の偉大な指導者)が訳に反映されていない。ただ、rendre は「返還する」意味だが、確かに「仕返しする」の意味もあるので「報復する」は間違いとはいえない(その場合、もちろん前置詞を補う必要はある)。

信奉者側の見解

 一部の例外的な論者を除けば、全訳本の類でしかコメントされてこなかった詩だが、コメントも解釈の体をなしていないものが多い。

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、『予言集』全体で最もナンセンスとして、内容的な解釈は行わなかった *5

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)はヴィシー政権下の国務大臣で戦後に対独協力の罪で銃殺されたラヴァルと解釈した *6

 エリカ・チータムは1973年の時点では文字通り一言もコメントしていなかったが、その日本語版では(恐らくロバーツ本に影響された日本語版スタッフによる)ヴィシー政権の可能性を指摘する解釈が掲載されていた。チータム自身は最後の著書でも「私はこの詩を解釈できない」としか書いていなかった *7

 セルジュ・ユタン(1978年)はひとこと「ムッソリーニ?」とだけ書いていたが、ボードワン・ボンセルジャンの補訂(2002年)では、Lygonnois と Molite という未解明の語があるせいで解読が困難だとするコメントに差し替えられた。

 五島勉(1992年)は、Lygonnois を Lyonnois と理解するのは多数説と同じだが、それを「ライオンの」と解釈し、英国を含む欧州と解釈し、Molote は日本の経済界の有力者「モリタ」と解釈し、1998年(詩番号9巻98番から導く)に起きる環境か軍事の致命的欠陥と、それに対峙する日本と解釈した *8 。五島は明記していなかったが、財界の「モリタ」はおそらくソニーの盛田昭夫(1921年 - 1999年)のことだろう。

 ジョン・ホーグ(1997年)は、Molite を「戦争」の意味に理解し、1793年にリヨンで起こった王党派の反革命暴動と解釈した。この解釈はネッド・ハリー(1999年)が踏襲した *9

同時代的な視点

 ピーター・ラメジャラーは2003年の時点では同時代の未特定の政治的事件からだろうとしていたが、2010年には単に「出典未特定」とだけした。

 ジャン=ポール・クレベールは Lygonnois を Lygos と結びつける読み(前述)に従ってオスマン帝国を導き、16世紀当時たびたびマルタ島を脅かしていたオスマン帝国と、同島を拠点としていた聖ヨハネ騎士修道会に関わる事件を描写した詩と理解した。ゆえに、クレベールの読みでは、1行目の「独り身」は騎士修道会に属する騎士を指すことになる。
 クレベールも具体的な事件を特定しているわけではないが、確かにマルタとリヨンよりも、マルタとビュザンティオンの方が、話を結び付けやすいのは事実である。


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