アウクスブルク

  アウクスブルク (Augsburg)はドイツ、バイエルン州の都市。ドナウ川の支流にあたるレヒ川とヴェルタハ川の合流点に発達したドイツ最古のローマ植民都市のひとつである。日本では慣例的に「アウグスブルク」と表記されることもある。

概要

 紀元前15年にローマ皇帝アウグストゥスの一族によって建設された都市で、当時はアウグスタ・ウィンデリコルム(Augusta Vindelicorum)といった。現在名アウクスブルクはそれが転訛したものである。のちに司教座都市となり、1276年には帝国直轄の自由都市となった。
 中世を通じて商業が成長し、豪商フッガー家、ヴェルザー家の活動拠点ともなった。16世紀にはカトリック、プロテスタントの融和を目指した宗教会議の開催地となり、1555年には「アウクスブルクの宗教和議」が成立した。

 三十年戦争を経て衰退したが、ドイツ産業革命期に工業が成長し、南ドイツを代表する工業都市となった。ディーゼルエンジン発明の地としても知られる *1

ノストラダムス関連

 ノストラダムスに占いの相談をした顧客ハンス・ローゼンベルガーはアウクスブルク出身の実業家だった。その仲介をした法曹家のロレンツ・トゥッベはアウクスブルクで法律を学んでいた時期があり、神聖ローマ皇帝の代理人としてノストラダムスと交渉していたハンス・ロベットはアウクスブルク出身だった。

 また、ノストラダムスの主著の一つ『化粧品とジャム論』のドイツ語版(1572年、1573年、1581年、1589年)は、いずれもアウクスブルクの出版業者ミヒャエル・マンガーの手で出版された。

 アウクスブルクはフランス語では Augsbourg と綴るが、『予言集』では Auspurg という変則的な綴りで登場する(初出についての話であって、後代の異本には数多くの変形が見られる)。マリニー・ローズによると g を落とした Ausbourg という綴りは、古い綴りとして見出されるらしい。しかし、Auspurg の出所については言及していない。そのため、そういう変則的な綴り方をした理由はよく分からないが、これがアウクスブルクを指すことには、実証主義的諸論者の間で異論がない。
 Auspurg は以下の詩篇で登場している。


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