百詩篇第6巻75番


原文

Le grand pilot 1 par Roy sera 2 mandé,
Laisser la classe pour 3 plus hault 4 lieu attaindre:
Sept ans apres 5 sera contrebandé,
Barbare armee 6 viendra 7 Venise caindre 8 .

異文

(1) pilot : pillot 1557B 1589PV 1590SJ 1600 1610 1627 1630Ma 1644 1650Ri 1653 1665 1716 1840, Pilote 1594JFpp.42&94, Pilot 1605 1628 1649Xa 1649Ca 1650Le 1668 1672
(2) par Roy sera : par roy sera 1590Ro, sera par Roy 1594JF 1605 1628 1649Xa 1649Ca 1650Le 1668 1672
(3) pour : à 1557B 1589PV 1590SJ 1594JF, pout 1665
(4) plus hault : hault 1981EB
(5) apres : apre 1605
(6) armee : Armée 1672
(7) viendra : viendta 1628
(8) caindre 1557U 1557B 1568A 1589PV 1594JF 1628 : craindre T.A.Eds.

校訂

 現代フランス語では pilot は pilote となっているべきであり、1594JFでそういう異文があるということは当時すでに使われ始めていたのだろうが、14世紀半ばにイタリア語から流入した当初は pilot と綴られており *1 、17世紀初頭のDFE でも pilot しか載っていない。このことからすれば、特に校訂の必要はないだろう。実際、実証主義的諸論者で pilote と校訂している論者は見当たらない(エドガー・レオニは Pilote としているが、彼のテクストは現代式に綴り直されているため、校訂した結果なのか、現代式に綴った結果なのか分からない)。

日本語訳

偉大な水先案内人は国王から命じられるだろう、
より高い場に到るために艦隊を離れるようにと。
七年の後に(彼は)楯突くだろう。
バルバロイの軍がヴェネツィアを取り囲みに来るだろう。

訳について

 2行目 plus の前に冠詞はないが、中期フランス語の場合、冠詞がなくても最上級を表現することはあった *2 。そのため、比較級、最上級のいずれにも解釈しうるが、ここではエドガー・レオニピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースらが比較級で訳していることを踏まえた。

 3行目は contrebandé をどう訳すかによる。レオニとラメジャラーはいずれも he will/shall be in rebellion と英訳している。ジャン=ポール・クレベールも(1行目の水先案内人が) se révolte 「反抗する」と釈義している。3行目は受動態のようにも見え、そう解すると今ひとつよく分からないが、過去分詞ではなく形容詞なのだとすれば、彼らの訳は理解できる。ただし、DALF などには見出されないので、確証はない。いずれにせよ、文脈からすれば、反逆する主体は水先案内人と理解するのが最も自然であり、ラメジャラーらの読みは妥当であろうと考えられるので、ここでもそれを踏まえた訳にした。なお、シーバースは「彼は潰走させられるだろう」(will be put to rout)と訳しているが、語学的根拠はよく分からない。

 4行目は構文理解上で難しい点はないが、caindre が最大の難点である。ここでは ceindre (巻きつける、取り囲む) と同一視したラメジャラーやクレベールの読みに従っている。レオニやシーバースは craindre (恐れる)の意味に理解している。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「水先案内人が王の命令で送られ」 *3 は grand が訳に反映されていない。また、mander は「命じる」のほかに「召喚する」の意味はあるが、「召喚される」と「送られる」では意味合いが異なるのではないだろうか。
 2行目「艦隊をさってより高い場をのぞみ」は、laisser が不定形であることからすれば、1行目の命じられた内容と関連付けるべきではないだろうか。実際、ラメジャラーもシーバースも to leave と、to を補っている。
 3行目「彼は命令をとりさられたあと七年たって」は、contrebanderヘンリー・C・ロバーツが countermand と英訳していたことを踏まえたのだろうが、妥当性に疑問がある。
 4行目「異邦の軍はベニスに恐れて配置される」はcaindreを craindre と見なしたものだろうが、細かいニュアンスに疑問がある。

 山根訳について。
 2行目 「より高い階級へ艦隊をみちびく仕事へ」 *4 は、(クレベールらもこの行の意味するところは艦隊の指揮官に任命される意味だろうとはしていることを考慮に入れても)意訳しすぎではないだろうか。
 3行目「七年後 彼は謀反人となろう」は前述のように、レオニやラメジャラーの訳し方と一致する。
 4行目「ヴェネチアは異教徒の軍勢に怯えることになろう」は、大乗訳同様、caindre を craindre と見なして訳したものだろう。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニー(1594年)は、1552年にクロード・ダンヌヴォーの後任としてフランス海軍提督に任命されたガスパール・ド・コリニーについてと解釈した *5

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は「説明の必要なし」とだけしかコメントしていなかった *6

 アナトール・ル・ペルチエ(1867年)は、コリニーとしていたシャヴィニーの解釈をさらに整備した。彼は2行目以降を、コリニーがアンリ2世の死後、提督の任を棄ててプロテスタントの指導者としてフランス王国に刃向かったことと解釈し、7年が指すのは提督に任ぜられた1552年からアンリ2世の死(1559年)までの7年と解釈したのである。また、4行目はコリニーがユグノー戦争で活躍した1567年頃を、同時期のオスマン帝国とヴェネツィアの対立によって示したものと解釈した *7
 コリニーとする解釈は、チャールズ・ウォード(1891年)、ジェイムズ・レイヴァー(1952年)、スチュワート・ロッブ(1961年)、エリカ・チータム(1973年)、ネッド・ハリー(1999年)、竹本忠雄(2011年)らが踏襲した *8
 ただし、ル・ペルチエの解釈を多く引き継いだヴライク・イオネスクは特に何も解釈していない。

 セルジュ・ユタン(1978年)はムッソリーニと解釈した *9

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(1980年)は、レパントの海戦を勝利に導いたスペインの軍人ドン・フアン・デ・アウストリアと解釈した *10

 中村惠一(1982年)は1981年に起こったイランのバニサドル元大統領の亡命事件と解釈した *11

同時代的な視点

 ピーター・ラメジャラーもガスパール・ド・コリニーがモデルと解釈した。この詩の初出は1557年のことであり、コリニーが一艦隊にとどまらないフランス海軍全体の提督となったのは1552年のことなので、モデルにすることは十分に可能であった。
 ノストラダムスの予言能力に否定的なラメジャラーは、もちろん「7年後」に深い意味を見出していないが、1行目の pilot に言葉遊びを見出している。すなわち、pilot はフランス語の pilier ないしラテン語の pila との言葉遊びになり、意味はどちらも「柱」である。そして、柱はコロンヌ (colonne) とも言い換えることができ、コリニー(Coligny)に通じる、というわけだ。さすがにこれは穿ちすぎの感もあるが、リチャード・シーバースも、少なくともこの詩のモデルがコリニーであろう点については同意している。


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