シリア

 シリア(Syria)は西アジアの地域名。歴史的地名としては、現在「シリア」と略称される国家(シリア・アラブ共和国)の国土よりも広く、レバノン、ヨルダン、イスラエルなどにもまたがる地域を指す。旧約聖書では「アラム」として登場するが、その指し示す範囲は全く同じではない。フランス語ではシリ(Syrie)という。

概要

 シリアでは紀元前6000年から4000年頃には農耕生活が始まっていたと考えられている。現存世界最古の都市の一つに数えられるダマスカス(ダマスクス)は、紀元前1000年頃にはアラム王国の首都として繁栄していた。
 紀元前312年にはマケドニア人が流入し、セレウコス朝シリアを建てた。しかし、この王国はたびたび領内の独立運動に悩まされ、前64年にはローマに滅ぼされ、ローマ属州シリア(シュリア)になった。パウロは1世紀前半、ダマスカスへの途上で、イエスの教えに回心したといわれている。

 その後、636年にはアラブの支配下に置かれ、661年にはダマスカスがウマイヤ朝の首都となった。アッバース朝時代にはその支配を受け、1516年から1833年にはオスマン帝国領。20世紀初頭の英仏などの植民地時代を経て、シリア共和国ほかとして独立を果たした。しかし、シリア共和国では、2011年のアラブの春の余波を受けて内戦が激化、ISIL(いわゆる「イスラム国」)の台頭もあって、非常に不安定な地域となっている。


【画像】『シリア・レバノンを知るための64章 (エリア・スタディーズ123)』 明石書店

予言関連

黙示文学

 旧約聖書『ダニエル書』との関わりが重要である。『ダニエル書』は紀元前6世紀に活動した預言者ダニエルが、その後数百年間を的確に予言したという体裁になっているが、高等批評の立場では、『ダニエル書』は紀元前2世紀に書かれたと見なされており、その的中した予言には事後予言が含まれるとされている*1

 そして、その執筆動機として挙げられているのが、セレウコス朝シリアのアンティオコス4世エピファネス(在位前175年 - 163年。以下、便宜上エピファネスと略記)の存在である。エピファネスは紀元前167年にエルサレム神殿に異教のゼウス像や祭壇を立て、常供の燔祭を中止させるなど、冒瀆行為に及んだ。『ダニエル書』における神殿を「荒らす憎むべき者」とは、この異教の像を指すというのが定説である*2。「荒らす憎むべき者」というモチーフは、新約聖書の福音書で、イエスの語る終末の様相にも登場することとなる。

 『ダニエル書』ではその期間は「一時期、二時期、そして半時期」(12章7節。新共同訳)とされている。この場合の「時期」は「年」と同じであり、すなわち3年半ということである。エピファネスの実際の冒瀆の期間は3年と10日であるが*3、3年半という期間は完全数「7」の半分として、悪の支配する期間を象徴すると同時に、それが限られた期間でしかないことの象徴となった。新約聖書の『ヨハネの黙示録』では、その期間は「四十二か月」(11章2節、13章5節)、「千二百六十日」(42か月×30日。11章3節)などとして頻出する*4

 なお、『ダニエル書』12章(カトリックの第二正典を除けば同書最終章)には、1290日と1335日という日付も登場する。しかし、これらの期間が登場する11節以降は、それ以前の章・節と整合しておらず、当初の『ダニエル書』にはなかったと見るのが高等批評では定説化している。すなわち、それらの日付は、予定されていた期日に望んでいた終末が来なかったことを踏まえ、期限の引き延ばしのためにまず30日(閏月1か月分)を足した「1290日」が加筆され、ついでさらに1か月半延ばした「1335日」が加筆されたと考えられている*5。この加筆者を本来の著者とは別の編集者と見なす見解すらある*6

 ともあれ、シリアのエピファネスは黙示文学に多大な影響を与えたわけだが、皮肉なことにシリアのキリスト教会では、『ヨハネの黙示録』の受容には時間がかかった。5世紀の古シリア語訳、いわゆる『ペシッタ』には、『ヨハネの黙示録』は含まれていない。『ヨハネの黙示録』のシリア語訳は、6世紀初頭のフィロクセノス訳を待たねばならない。


【画像】 『旧約聖書〈14〉ダニエル書 エズラ記 ネヘミヤ記』 岩波書店

中世の予言書

 シリアは7世紀末に偽メトディウスの予言書が生まれたと考えられている地である。
 7世紀後半のシリアのキリスト教徒たちは、勃興したイスラームの拡大に悩まされていた。彼らの中から、そのような窮状を慰撫するために、聖メトディウスに仮託した偽予言書が誕生したと考えられている。
 偽メトディウスは、しかし、シリアという地理的文脈を離れ、イスラームの拡大に悩まされていた西ヨーロッパでもすぐに受容されることとなった。中世ヨーロッパにおいて多大な影響を持ったとされる予言書であり、16世紀の編者不明の予言書『ミラビリス・リベル』にも収録された。

ノストラダムス関連

 ノストラダムスは『ミラビリス・リベル』を通じて偽メトディウスをほぼ間違いなく知っていた。しかし、それを生み出したシリアへの関心が強かったかといえば、それは甚だ疑問である。
 ノストラダムス『予言集』では、シリアへの直接的言及は百詩篇第3巻97番で一度見られるだけである。そこではユダヤ、パレスチナと並べられており、古代の地域区分よりは若干せまくシリアを捉えている感がある。

参考文献

【 】はこの記事の脚注における略称。
  • 【ハマー】 R・ハマー、H・マッキーティング 『ケンブリッジ旧約聖書注解19 ダニエル書・ホセア書・アモス書』 新教出版社、1981年
  • 【ラッセル】 D. S. ラッセル 『ダニエル書 (デイリー・スタディー・バイブル)』 新教出版社、1986年
  • 【タウナー】 W. S. タウナー 『ダニエル書 (現代聖書注解)』 日本基督教団出版局、1987年
  • 【口語略解】 高橋虔 「ダニエル書」 (『旧約聖書略解』44版 日本基督教団出版局、1991年)
  • 【村岡】 村岡崇光 「ダニエル書」「ダニエル書 解説」 (旧約聖書翻訳委員会 『ダニエル書 エズラ記 ネヘミヤ記』 岩波書店、1997年)
  • 【小河】 小河陽 『ヨハネの黙示録』(新約聖書翻訳委員会・編) 岩波書店、1996年
  • 【佐竹】 佐竹明 『ヨハネの黙示録』全3巻、新教出版社、2007年 - 2009年


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最終更新:2016年02月24日 00:10

*1 ハマー、pp.5-7。村岡、p.159。

*2 ハマー、p.91。口語略解、p.880。村岡、p.53。タウナー、p.244

*3 ハマー、p.76

*4 小河、p.66。佐竹(中巻)、pp.392-392。

*5 ハマー、pp.108-109。ラッセル、pp.369-370。口語略解、p.881。タウナー、pp.258-259。

*6 村岡、p.55。