百詩篇第4巻76番


原文

Les Nictobriges 1 par ceulx 2 de Perigort 3 ,
Seront vexez tenant iusques 4 au Rosne:
Lassotie 5 de Gascons 6 & 7 Begorn 8
Trahir le temple 9 , le prebstre 10 estant au prosne 11

異文

(1) Nictobriges : Nictobrigəs 1589PV, Nibobriges 1600 1610, Nibogriges 1716(a, c), Nictogriges 1716b
(2) ceulx : eeux 1867LP
(3) Perigort : Perigord 1981EB, Perigot 1653 1665, dariguor 1588R 1589R, Dariguor 1589M
(4) iusques : iusque 1627 1630Ma
(5) Lassotie 1557U 1557B 1589PV 1590SJ : L’associé T.A.Eds. (sauf : Lassocié 1568A, Lassocie 1590Ro, L’Associé 1672, L’assotie 1588R 1589R, L’assorie 1589M)
(6) Gascons : Gascon 1627 1630Ma 1644 1650Ri 1653 1665
(7) & : & de 1627
(8) Begorn 1557U 1557B 1568A 1589PV 1590SJ 1590Ro 1649Ca : Begorne T.A.Eds. (sauf : Eegor 1588-89, Bigorre 1672)
(9) temple : Temple 1611B 1672, peuple 1588-89
(10) prebstre : Prestre 1605 1611B 1627 1628 1630Ma 1644 1649Xa 1650Ri 1981EB 1653 1665 1668P 1840
(11) prosne : Prosne 1672

校訂

 1行目の Perigort と3行目の Begorn は韻を踏んでいない(Begorn の n を発音しない場合を除く)。エドガー・レオニは1672と同じように Bigorre と見ている。地名としてのビゴールの綴りはそれが正しい。一方、ブリューノ・プテ=ジラールは Bigort と校訂している。韻を踏むために変形したと見たのだろう。もしくは、ビゴールの人々を意味する Bigourdan の省略形 Bigourd. の綴りの揺れか(当時は o と ou は交換可能。無音の t と d の区別も曖昧だった。実際、1行目のペリゴールにしても正しいつづりは Perigord である)。

 3行目 Lassotie がL’associé の誤記であろうという点に異論はない。

日本語訳

ニティオブリゲスたちはペリゴールの人々によって、
ローヌ川に至るまでの隣接地域で悩まされるだろう。
ガスコーニュ人たちとビゴールの連合は、
司祭が日曜説教を行っている(最中の)聖堂に背く。

訳について

 1行目 Nictobriges は Nitiobriges の誤記または綴りの揺れと見なされている。この読みはアナトール・ル・ペルチエが提案したものだが、現代の実証主義的諸論者の間でも異論がない。ニティオブリゲス(Nitiobriges)は古代ガリアの部族の一つニティオブロゲス(Nitiobroges)の名称の揺れとして古く使われていた呼称である。なお、ニティオブロゲス/ニティオブリゲスはアジャン周辺に住んでいた部族。

 2行目は tenant が難物。tenir の現在分詞だが、tenir 自体に多様な意味がある上、tenant としても古語では多様な意味があった。ここではそうした意味の中から、attenant (隣接した) を採用した *1ピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースの英訳ではいずれも all the way to the Rhône *2 となっている。

 3行目 Gascon(s) はガスコーニュ地方の人を指す言葉で、ビゴールは地方名のため、表現が統一されていない。単なる韻律上の都合だろうから、地方名か人々かで統一してしまってもいいのかもしれないが、原文どおりに訳出した。もしも Begorn は Bigo(u)rd. の誤記なら「人々」で統一すべきかもしれない。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 2行目「ローマまでも悩ませる」 *3 はtenant が訳に反映されていない上、ローマ (Rome) はローヌ川 (Rosne / Rhône) の誤記もしくは誤植。
 4行目「司祭が説教壇にいるあいだ教会にそむくだろう」は細かいニュアンスの問題だが、「あいだ」が微妙。現在分詞が普通指し示すのは同時性で、司祭の日曜説教と裏切りが行われるタイミングが同時であろうことは読み取れるが、裏切りがその期間だけに限定されるとまで読み込めるかは少々疑問がある。

 山根訳について。
 1行目 「アジャンの人びと ペリゴールの者どもに」 *4 は、上述の通り Nictobriges がニティオブリゲスと理解されていることを踏まえた意訳としては許容される。
 3行目「ガスコーニュとビゴールの協力が」は、上述の通り、地名で統一するのは原文直訳にはならないが、これも許容されるだろう。
 4行目「教会を裏切り 牧師はお説教をたれる」の「牧師」はプロテスタントの職務。「司祭」はカトリックの職位。日曜説教はどちらの教派にも存在するので、文脈からどちらが正しいとは断定できない。ただし、ノストラダムスが著作においては王党派カトリックの姿勢を示していたこと、また原語 prestre (prêtre) は「牧師」の意味もある *5 とはいえ、「牧師」には普通は pasteur を使うことからすれば、とりあえずカトリック用語で訳しておく方が無難だろう。なお、上述のように、現在分詞の訳し方として、単純な並列として処理することに若干の疑問がある。

信奉者側の見解

 基本的に全訳本の類でしか解釈されてこなかった詩篇である。
 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、「Nictobriges はギリシア語で暗く湿潤な地方に住む人々を意味する。ペリゴールとビゴールはフランスの2都市である。残りは平易」 *6 としか述べなかった。なお、Nictobriges を「暗く湿潤な地方に住む人々」と解したことが妥当かどうかは(当「大事典」管理者がギリシア語を解さないため)分からないが、実証主義的諸論者でそのような読みを披露している者はいない。また、ペリゴールビゴールも、普通は都市名ではなく地方名である(ただし、ビゴールは都市タルブの古称ビゴラの可能性もある)。


 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)はガランシエールの解説を(ペリゴール、ビゴールを「都市」とすることまで)ほとんどそのまま引き写した *7 。なお、その日本語版で「ニクトブリッジはギリシアにあり」云々と書かれているのは、greek と greece を取り違えた誤訳だろう。原文ではあくまでも in greek (ギリシア語で)としか述べられていない。

 エリカ・チータム(1973年)は16世紀のカトリックとプロテスタントの衝突に関連する詩ではないかとした *8
 セルジュ・ユタン(1978年)も16世紀の宗教戦争に関わる詩ではないかとした *9

同時代的な視点

 エドガー・レオニはビゴールがカルヴァン主義者らの拠点となっていたことから、16世紀フランス南東部の宗教対立が描かれている可能性を挙げつつも、固有名詞の列挙にもかかわらず曖昧な詩であるとしていた。
 いくつかの語注の引き写しから言って、上述のチータムの解釈は、このレオニの解釈を転用したものだろう。

 ピーター・ラメジャラーも、ノストラダムスと同時代のフランス南東部の宗教対立をモデルにしたと見ている。ただし、地名と対応させた具体的な解釈はしていない *10

【画像】 関連地図(ペリゴール地方は主都ペリグーで、ビゴール地方は主都タルブで代用。ガスコーニュは主都の一つオーシュで代用したが、ビゴールとも重なる。また、ビスケー湾を別名ガスコーニュ湾とも言うように、範囲が広い。ローヌ川は川そのものでなく、河岸のいくつかの都市を表示した)


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