百詩篇第1巻50番


原文

De l'aquatique 1 triplicité 2 naistra 3
D'vn 4 qui fera le ieudy 5 pour 6 sa feste 7 :
Son bruit 8 , loz 9 , regne 10 , sa 11 puissance croistra,
Par terre & mer 12 aux orients 13 tempeste.

異文

(1) l'aquatique : l'Aquatique 1672Ga
(2) triplicité : triplicity 1672Ga
(3) naistra : n'aîtra 1716PR(a c)
(4) D'vn : Un 1672Ga
(5) ieudy 1555 1557U 1557B 1568 1590Ro 1627Di 1653AB 1665Ba 1772Ri 1840 : Ieudy T.A.Eds.
(6) pour : ponr 1653AB
(7) sa feste : sa Fête 1716PR(a b), la Fête 1716PRc
(8) bruit : Bruit 1672Ga
(9) loz : los 1589PV 1590SJ 1649Ca 1668, lós 1650Le, Loz 1672Ga
(10) regne : Regne 1672Ga
(11) sa : & 1672Ga
(12) terre & mer : Terre & Mer 1672Ga
(13) orients 1555 1840 : Oriens T.A.Eds.

日本語訳

水の三角宮(の期間)に生まれるだろう、
木曜日を自らの祝日とするであろう者が。
その名声、称賛、王国、権力は増大するだろう。
陸と海を通じて東方の者たちへ嵐が。

訳について

 1行目 de は意味の幅が広い。「水の三角宮から」という訳し方もできる。
 2行目 d'un qui は d'aucun qui, quelqu'un qui に同じ *1
 4行目 orients は複数形。エヴリット・ブライラーは lands of the East と英訳しており *2ピエール・ブランダムールは orientaux (東洋人たち)と釈義している *3

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「水中から三重の性をもったものが生まれ」 *4 は誤訳だろう。確かに前半律(最初の4音節)の区切り目からすれば l'aquatique で区切る可能性はあるが、実証主義的な論者たちは普通に triplicité を形容するものと理解している。naistra (生まれるだろう)の主語は2行目の人物と見るべきだろう。また、 triplicité は確かに「三重性」の意味はあるが、「三重の性」と表記してしまうのは少々不自然ではないだろうか。
 2行目「だれかが休日を木曜日に決めるだろう」は、細かいニュアンスに疑問がある。「だれかが」は意味が通らないわけではないが、「ある者が」などの方が適切であろうし、疑問代名詞と関係代名詞の混同があるのではないだろうか。元になったはずのヘンリー・C・ロバーツは普通に One who shall... としている。また、「休日」と「祝日・祭日」は意味が重なる部分もあるが、重ならない部分もあるので、不適切だろう。
 4行目「陸と海で 東は大暴風雨になるだろう」にも疑問がある。意訳としては可能な範囲かもしれないし、確かに par はその場所の意味もあるが、この場合は、2、3行目に描写されている人物のせいで動乱が波及するという意味だろうから、「~で」と訳すのは不適切ではないだろうか。また、ブランダムールは tempeste を戦争関連の隠喩と理解しており、文脈からすればその方が適切である。そして、日本語でも「嵐」はしばしば比喩的に理解されるので、「大暴風雨」と説明的に訳すよりも、比喩的に理解できる幅を持たせて「嵐」とする方が原文の意味合いに近いのではないだろうか。なお、「東」は前述の通り複数形なので、前出のブランダムールやブライラーのようにその意味合いが反映されているほうが好ましいように思われるが、エドガー・レオニピーター・ラメジャラーのように、単に East と英訳している者たちもいる。

 山根訳について。
 3行目 「彼の名声 神への賛歌 統治 権力が高く強くなるだろう」 *5 は「神への賛歌」が不適切。原文には「神への」に該当する語はなく、loz は(頌歌の意味もあるけれども)神への賛歌に限定されない。この場合、誰の栄光・名声についてなのかは文脈から明らかだろう。
 4行目「海に陸に そして東洋に嵐をもたらす」は、大乗訳への指摘とある程度重なるが、陸と海を東洋と並列的に理解している点について不適切ではないかと思われる。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、トルコ人たちを恐れさせることになる人物が、描写されている時期に現れると解釈したが、その時期は明言しなかった *6


 アンドレ・ラモン(1943年)は太平洋戦争と解釈した。前半はアメリカ独立を意味し、独立した1776年7月4日に太陽が水の三角宮のひとつである巨蟹宮にあったことや、11月第4木曜日が感謝祭になっていることと結びつけたのである。後半はそのアメリカが勢力を伸ばし、太平洋戦争において日本を攻撃していることと解釈した *7
 ラモンの名を挙げていないが、これとほぼ同じ解き方をしたのがヴライク・イオネスク(1987年)である。彼の場合、4行目は日本への原爆投下と解釈した *8
 竹本忠雄(2011年)もイオネスクの解釈を踏襲した *9

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は、三国同盟(Triple Alliance)が雷神トールの信奉者を生み出すという、かなり漠然とした解釈しかしていなかった *10 。これはロバーツ自身の最後の版(1969年)でもそのままだったので、日本語版で日独伊三国同盟(1940年)に関する解釈であるかのように説明されているのは、実質的に日本語版での差し替えに等しい。
 なお、『ブリタニカ国際大百科事典』では Triple Alliance は1882年から1915年の独墺伊の三国同盟とされ、日独伊三国同盟は Tripartite Pact と訳されている。『ジーニアス英和大辞典』では Triple Alliance は1688年の英・蘭・スウェーデン、1717年の英・仏・蘭、1795年の英・墺・露の各三国同盟の意味も挙げられている一方、日独伊は挙がっていない。都市も事件名も明記されていないロバーツの解釈から、どの三国同盟か特定するのはまず無理であり、単に漠然とどこか3つの国の同盟を言っただけではないかと思われる。
 その解釈は夫婦の改訂(1982年)では、アメリカ独立とする解釈に差し替えられている *11 。「水のトリプリシテ(三つ揃い、三重性)」をアメリカを取り巻く3つの海とし、木曜日の祝日を感謝祭(11月第4木曜日)と結びつけるものだが、この解釈はエドガー・レオニ(1961年)がノストラダムスの意図がどうだったのかはともかく、と留保をつけて展開していた解釈そのものである。

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)は初期の著作ではコメントしていなかったが、のちの改訂版(1975年)では、三匹のイルカの紋章を持つ一族から現れる人物についての予言とした *12

 エリカ・チータム(1973年)やネッド・ハリー(1999年)は反キリスト出現と解釈していた *13

 セルジュ・ユタン(1978年)は毛沢東についてではないかとした *14 。のちのボードワン・ボンセルジャンの補訂(2002年)では、1行目の「水のトリプリシテ」は世界の三大洋を示し、世界を股にかけたかつての大英帝国とする解釈に差し替えられた *15

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(2006年)はイラク大統領サダム・フセインと湾岸戦争と解釈した。フセインはティグリス川、ユーフラテス川、ペルシア湾という3つの水の地に生まれ、1990年8月2日(木曜日)にクウェートに侵攻し、翌年の湾岸戦争に対して、多国籍軍が展開した空爆作戦名が「砂漠の嵐」であったことと結びつけたのである *16

懐疑的な見解

 1行目は占星術用語として理解すべきものと思われるが、ラモンやイオネスクの解き方は、アブー・マアシャルなどに依拠してリシャール・ルーサらが展開していた16世紀当時の三角宮の解釈とは開きがある(木星と土星の合参照)。
 もちろん、詩の原文が簡略すぎるので、ラモンやイオネスクらの読み方がありえないとまで断言することはできないが、1行目について竹本忠雄が「解いたのは、やはりイオネスク博士ただ一人でした」 *17 などと言ってのけるのは、信奉者側のラモンと、実証主義的研究の諸論者との双方を軽視しすぎだろう。

同時代的な視点

 ピエール・ブランダムールアブー・マアシャルリシャール・ルーサなど、ノストラダムスが参考にしていたことがほぼ確実な占星術師たちの理論に基づいて、1行目を読み解いた。
 それによれば、水の三角宮木星と土星の合が繰り返される約240年間を指している。そして、ノストラダムスが生きていた時期も含む1402年から1641年は、まさにその水の三角宮の期間に当たっていた(この期間について詳しくは木星と土星の合参照)。
 つまり、この詩は1402年から1641年に木曜日を祝日とする新宗派を創立する者が現れ、勢力を伸ばすことになると描写しているのである。ブランダムールも指摘するように、木曜日を祝日とするもののモチーフは百詩篇第2巻28番第10巻71番第10巻73番などにも登場する。また、ノストラダムスが生きていた当時、プロテスタントは聖木曜日に冒涜的な集会を開いていると考えられており(百詩篇第1巻42番参照)、ルターやカルヴァンが念頭に置かれていた可能性もあるという *18
 こうした解釈は高田勇伊藤進ロジェ・プレヴォジャン=ポール・クレベールも踏襲している *19

 ピーター・ラメジャラーもほぼ同じ視点ではあるが、彼の場合、ルーサの著書『諸時代の状態と変転の書』(1550年)と直接的に結び付けている。ここでもその部分を訳しておこう。

「我々は今、水の三角宮の下で生きている。・・・この三角宮は1402年に天蠍宮の支配下で始まり、現1548年も含まれ・・・残りは94年だけである。天蠍宮での木星と土星の合はキリスト教国の大規模な人口減、その荒廃や破滅を意味しており、また意味することになろう。無窮の善の内におられる神は介入なさらない。加えて、キリスト教に対抗するほとんどの存在がこの水の三角宮のためにある。したがって必然的に、我々はこの水の三角宮の影響下での反キリストの到来を(それがまだ実現していないのだとしても)覚悟することになりそうである」 *20

 ゆえに、ラメジャラーは木曜日を祝日とする人物を反キリストと結び付けている。この読み方はリチャード・シーバースも踏襲した *21

その他

 1668年アムステルダム版およびそれを踏襲した1668年パリ版1669年パリ(プロメ)版などは、50番と51番が入れ替わっている。

関連項目



コメントらん
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  • 水の三角宮に土星・木星・海王星がある時、3水塊に囲まれる地に反キリストが誕生することを示している。水面下(水の宮)に隠れる反キリストを確認することは困難であるが、手下であるイスラム国の台頭はご承知の通り。 -- れもん (2016-04-28 23:13:57)
  • ラモン=イオネスク解釈を踏襲した上で言うが、 4行はフランス革命だろう。米国の独立には チェサピーク湾の海戦でフランスも参戦した。 -- とある信奉者 (2017-03-22 07:51:45)
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