原文
D'habits1 nouueaux apres faicte2 la treuue3,
Malice tramme & machination:
Premier mourra qui en fera la preuue
Couleur venise4 insidiation5.
異文
(1) D’habits : D’habis 1590SJ, D'Habits 1672
(2) faicte : fainte 1588Rf 1589Me, faict 1590SJ 1611 1649Ca
(3) treuue : treve 1668P
(4) venise 1555 1557U 1568 1590Ro 1591BR 1597 1600 1610 1716 1772Ri 1840 : Venise T.A.Eds.
(5) insidiation : insideration 1588Rf 1589Me
(注記)1589Rgは比較せず
日本語訳
新たな服装の発見が行われた後に、
悪意と陰謀と策謀が。
その証拠を示す第一の者が死ぬだろう。
ヴェネツィアの色(に)、謀略。
訳について
というような構文理解をしている(ただ、ブライラーの場合、habits を ways と英訳し、habit の多義性から限定不能と注記しているので、「服装」と訳しているわけではない)。
3行目 Premier は「最初の者」と訳すこともできる。つまり、「その証拠を最初に提示する者」ということである。その一方、何らかの序列の第一位を指している可能性もあるので、あえて「第一の者」とした。
4行目 insidiation は中期フランス語で策略、陰謀、裏切りなどの意味。Couleur venise はいずれも名詞だが、前者を後者が形容しているものと見なした。初出に従えば4行目 Venise は一般名詞的な venise となっているが、
ピエール・ブランダムール、
ピーター・ラメジャラーらはいずれも「
ヴェネツィア」の意味に理解しているので、それに従った。なお、venise には中期フランス語で「鉛白」(ceruse, white lead)の意味があった。
既存の訳についてコメントしておく。
大乗訳について。
3 行目 「彼ははじめにそれらの証拠のために死ぬだろう」は一応許容範囲だろう。premier は中期フランス語では副詞としても使えたので、「はじめに」は誤りではない。ただし、faire la preuve (証拠を示す)を「証拠のために」と訳すのは、主体がぼやける点でいささか原文から離れる感がある。
4行目「ベニスの陰で陰謀があるだろう」は couleur (色)を「陰で」と訳すのが疑問。4行目は明らかに言葉足らずである (ただし、韻律上は満たす。
ピエール・ブランダムールは insidiationの2箇所の二重母音を1音ずつ分けて発音すると注記している。それなら確かに10音節になる)。そのため、何らかの言葉を補って訳す選択肢は生じるだろうが、大乗訳のような置き換えが妥当なのかには議論の余地があるだろう。なお、大乗訳は
ヘンリー・C・ロバーツの英訳の Under cover of Venice をそのまま和訳したものだろう。
山根訳について。
1行目 「休戦が成った後はあらたな衣裳が」は、treuve を「休戦」と訳すことに疑問がある。休戦を意味する語は tresve (trêve) である。山根訳の元になった
エリカ・チータムの英訳では、teruve は古フランス語で休戦の意味としているが、
エドガー・レオニは「発見」の意味としており、DALFにもチータムが言うような語義は見当たらない。ただ、
エヴリット・ブライラーが「発見」と「休戦」を併記しているのでそういう語義があったのかもしれないが、いずれにしてもチータムの語註を無批判に受け入れるのは妥当ではないだろう。
4行目「ヴェネチアの裏切りの色」は、4行目が前置詞を欠いているので、補いようによっては成立する。
信奉者側の見解
ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は「イタリア人たちに追い出された共謀者たちによる政府の新形態が、革新者たちを滅ぼすだろう」という漠然とした解釈しか示しておらず、これは
娘夫婦や
孫の解釈でも変更されなかった。
エリカ・チータム(1973年)はヴェネツィアをベネチアン・レッドと解釈し、新しい服は新たな修道会の創設ではないかとした。もっとも、この解釈は
エドガー・レオニ(1961年)のコメントを、それと明記せずにほとんどそのまま剽窃したものに過ぎない。
ヴライク・イオネスク(1976年)は「ヴェネツィアの色」をベネチアン・レッドと解釈し、共産主義のシンボルカラーと結びつけた。その上で、第二次世界大戦末期のソ連の奸計と、それを見抜いていたルーズヴェルトの急死とが予言されているとした。
同時代的な視点
上述の通り、
エドガー・レオニは新修道会の創設やベネチアン・レッドと関連付けられる可能性を示していた。ベネチアン・レッドとは「絵具の色名の一つ」で「かつては天然黄土を焼成してつくった」「煉瓦色の赤色顔料」のことである。
ピエール・ブランダムールは、予言詩における服装への言及がしばしば変装の文脈で登場していることを指摘しただけで、「ヴェネツィアの色」(ブランダムールは色を couleurs と、複数形で釈義している)が何を意味するのかなどには触れなかった。
ピーター・ラメジャラーは2003年の時点ではイタリア史の未特定の暗殺事件としており、2010年には「出典未特定」としか書かなかった。
ジャン=ポール・クレベールはブランダムール同様、変装に関わるモチーフとしつつ、4行目の couleur は中期フランス語の成句 sous couleur de (~という口実で)を踏まえ、「色」ではなく「口実」の意味であろうとした。
以上のように、特定のモデルの提示に成功した例はないようである。仮に venise が地名でないのだとすれば、この詩の舞台を限定する鍵が失われるので、特定はさらに困難になるだろう。
なお、上の「訳について」に示したように venise に「鉛白」の意味もあることから、それを採用した場合、何らかの毒殺を暗示しているように見えなくもない。
【画像】香蘭社 ベネチアンレッド ペア碗皿 VR1077-2HL
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最終更新:2016年07月31日 14:09