百詩篇第2巻93番

原文

Bien pres 1 du 2 Tymbre 3 presse 4 la Libytine 5 :
Vng peu deuant grand 6 inundation 7 :
Le chef du nef prins, mis a 8 la sentine:
Chasteau, palais 9 en conflagration 10 .

異文

(1) Bien pres : Bien apres 1589PV 1590SJ, Biens pres 1600 1610 1630Ma 1716, Aupres 1672
(2) du : uu 1716b
(3) Tymbre : Cymbre 1653 1665, Tybre 1672
(4) presse : pressé 1557B 1588-89, bien pres 1672
(5) Libytine 1555 1650Ri 1650Le 1840 : lybitine 1557U 1568A 1588-89 1590Ro, libitine 1557B, Lybitine 1568B 1568C 1568I 1589PV 1590SJ 1591BR 1597 1600 1610 1605 1611 1628 1649Ca 1668 1672 1716 1772Ri 1981EB, Libitine 1627 1630Ma 1644 1665, Lybitime 1649Xa, Libityne 1653
(6) grand 1555 1557U 1557B 1568A 1588-89 : grand’ 1568B 1568C 1568I 1589PV 1772Ri, grande 1653 1665
(7) inundation 1555 1557U 1568A 1589PV 1590SJ 1840 : inondation T.A.Eds. (sauf : Inondation 1672)
(8) a 1555 1628 1672 1840 : à T.A.Eds.(sauf : en 1590SJ 1649Ca)
(9) palais : Palais 1672
(10) conflagration : conflragration 1557B

校訂

 2行目 grand inundation をブリューノ・プテ=ジラールは grand'inondation と校訂しているが、何も注記していない。
 3行目の a は à となっているべき。ピエール・ブランダムールブリューノ・プテ=ジラールは何も注記せずに原文を à にしている。

日本語訳

テヴェレ川のすぐ近くにリビティナが急迫する。
やや先立って大氾濫が。
舟の長は捕らえられ、淦溝 〔あかみぞ〕 に置かれる。
城と宮殿は大火災に。

訳について

 1行目リビティナはローマ神話における死と葬礼の女神で、詩語としては「死」そのものの意味で使われることもある *1 。Bantam 羅英には Libitina の語義として「埋葬の女神」(burial goddess)のほか「墓所」(grave)、「死」(death)が載っている。
 2行目は un peu devant までで一区切り入れるのか、後半とつなげるのかで時期的な前後関係が逆になる。devant には中期フランス語で auparavant などの意味もあった。ピエール・ブランダムールの釈義や高田勇伊藤進訳では、リビティナの前に大氾濫となる。逆に、ジャン=ポール・クレベールピーター・ラメジャラーは大氾濫の前にリビティナと理解している。信奉者側でもシャルル・ニクローのように両論併記した論者がいた。当「大事典」の訳では、とりあえず前者を採った。
 3行目「舟の長」は高田勇伊藤進訳を踏襲した。要するに「船長」のことだが、capitaine ではなく chef du nef と3語で表現されていることをある程度反映させる上では、「船長」よりも「舟の長」の方が好ましい訳であろうと判断したことによる。
 3行目 sentine は「淦溝」を意味する *2 。「淦」(あか)とは「船の外板の合わせ目などからしみ込んで船底に溜まる水」 *3 のことで、淦溝はそれが溜まる船底部分を指す。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「タイバーの近くをリビアに向かって進み」 *4 は誤訳。リビティナ (Libitine) をリビアと訳すのは明らかに不適切だし、presse(r) を「向かって進む」と訳すのも強引だろう。なお、リビティナとリビアを混同する誤訳は、ヘンリー・C・ロバーツの英訳から引き継いでしまったものだが、それ自体がテオフィル・ド・ガランシエールの誤訳を引き写していたものだった。
 2行目「大洪水のほんの少しまえ」は、上述の通り、ありうる訳である。
 3行目「船長は船底に落ち」は、prins (現 pris ; prendre の過去分詞) が全く反映されていない。
 4行目「城や宮殿は焼けるだろう」は一応意訳の範囲内だろうが、4行目には動詞がなく、4行全体で見ても1行目に現在形の presse があるのみで、あとはいずれも過去分詞である。そのことからすれば、「焼けるだろう」と未来形で訳すことは、やや不適切に見えなくもない。

 山根訳について。
 1行目 「ティベルのすぐ近く 死の女神が急がせる」 *5 は、一応そう訳すことも可能である。
 2行目「大洪水の起きるちょっと前に」は大乗訳同様に可能な訳。
 3行目「船長が奪われ 船底のごみだめに漬けられ」はだいたい正しいが、「淦」を「ごみ」と訳すのは少々疑問だし、「漬けられ」という意訳がいまいち活きないのではないだろうか。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)はリビティナをリビアと誤訳していることを棚に上げ、「これは平易である」 *6 としかコメントしていなかった。

 アナトール・ル・ペルチエ(1867年)は大氾濫の少し後に、ローマに死が君臨し、ローマ教皇が捕らわれ、サンタンジェロ城とバチカン宮殿が炎上するという、ほとんどそのまま敷衍したような解釈をつけていた *7
 時期を明記しないで同様の読みを示す解釈は、のちにエリカ・チータム(1973年)などもやっている *8

 シャルル・ニクロー(1914年)は近未来に起こるイタリアでの革命についてと解釈した *9

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1937年)は近未来の反キリスト出現に関連する詩の一つと位置づけたが、解釈内容そのものはル・ペルチエのものと大差ない *10

 アンドレ・ラモン(1943年)は第二次世界大戦中のイタリアで起こることになる出来事と解釈していた *11 。近未来のローマ教皇庁が被る受難と解釈していた点ではロルフ・ボズウェル(1943年)も類似である *12

 ヘンリー・C・ロバーツは、「舟の長」をムッソリーニと解釈し、ムッソリーニの失脚と、イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の亡命と解釈した *13 。しかし、夫婦の解釈では未来のローマ教皇の受難とする解釈に差し替えられ、もそちらを踏襲した *14

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(1980年)はカトリック教会の終焉に関する詩の一つとして、この詩を採り上げていた *15

 セルジュ・ユタン(1978年)は国王ファールーク1世が失脚したエジプト革命(1952年)と解釈した。しかし、個々の単語についてのコメントがないので、テヴェレ川をどう理解したのかなどは全く分からない。のちのボードワン・ボンセルジャンの補訂(2002年)では、イタリアの事件と推測する解釈に差し替えられている *16

 ヴライク・イオネスク(1993年)は、近未来のイスラーム勢力によるヨーロッパ侵攻で、ローマ教皇が被ることになる受難を描いたものと解釈した *17

同時代的な視点

 信奉者たちの解釈にもあるように、テヴェレ川とセットで出てくる「舟の長」とは、聖ペトロの小舟、すなわちカトリック教会を導くローマ教皇の隠喩、炎上する城と宮殿はサンタンジェロ城とバチカン宮殿であろう。つまり、この詩はローマの大氾濫と教皇の受難を描写していることになる。
 このことから、詩のモデルとして想起されるのはローマ掠奪(サッコ・ディ・ローマ、1527年)である。ピエール・ブランダムール高田勇伊藤進ロジェ・プレヴォブリューノ・プテ=ジラールピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースらがいずれもその見解を採っている *18


コメントらん
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  • イスラム系テロリスト集団(ISIS)が中東に跋扈してる現状では 将来、ローマ教皇とバチカン市国に起こり得るかもしれないと 感じさせてくれる詩編。 -- とある信奉者 (2017-03-22 05:10:11)
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