百詩篇第6巻76番


原文

La cité1 antique d’antenoree2 forge,
Plus ne pouuant le tyran3 supporter:
Le manchet4 fainct5 au temple6 couper7 gorge,
Les siens8 le peuple à9 mort viendra bouter.

異文

(1) cité : Cité 1672
(2) antenoree / antenorée : Antenore 1590SJ, Antenorée 1672
(3) tyran : Tyran 1611B 1981EB 1672, tyrant 1772Ri
(4) manchet 1557U 1557B 1568 1589PV 1590SJ 1772Ri : manche T.A.Eds.
(5) fainct : feïnct 1650Le, sainct 1981EB
(6) temple : Temple 1611B 1981EB 1672
(7) couper : cousper 1605 1628
(8) siens : sienes 1981EB
(9) à : a 1605

校訂

 antenoree は Antenor の派生形なら Antenoree / Antenorée の方が好ましいのかもしれない。
 なお、1行目は音節の区切りがおかしいようだが、ピエール・ブランダムールは cité の é はこの場合読まれないと注記している*1

日本語訳

アンテノルにより建設された古き都市は
もはやその暴君を支持することができず、
不具を装う者が神殿で喉を切る。
その手下たちを民衆は死へと押しやることになるだろう。

訳について

 1行目 antenoree はラテン語 Antenor から派生したという点で諸論者に異論はない。やや問題は forge でこれは現代語でも古語でも名詞形だが、ブリューノ・プテ=ジラールピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースらは受動態に理解している。これに対し、エドガー・レオニは antenoree を Antenor の形容詞形 Antenoreus からと見なした上で、「古き都市、アンテノルの創りしもの」と並列的に訳出している。おそらく語学的にはそれが一番正確なのだろうが、意味はほとんど変わらないこともあり、2行目以降との繋がりを考慮した上で、当「大事典」ではクレベールらの意訳を踏まえた訳にした。

 3行目 manchet は『予言集』ではここにしか登場しない語で、現代語にないが、古語では manchot と同じで「手のない者」あるいは「不具になった人、体の自由が利かない人」(estropié)の意味*2。ただし、「喉」が誰のものか判然としないので、「神殿で不具を装う者の喉を切る」とも読めないわけではない。
 レオニやクレベールは「不具を装う者」が「(暴君の)喉を切る」と理解しているのに対し、シーバースは「彼ら」が「不具の者の喉を切る」と理解している。

 4行目は viendra が単数の名詞を受けているので、「その手下たち」が目的語、「民衆」(単数扱い)が主語になる。bouter は現代語では「詰め物をする」の意味だが、中期フランス語では「押す」(pousser)、「打つ」(frapper)などの意味もあった*3

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「古き都市はアンテナでみつかり」*4は誤訳。「みつかり」はヘンリー・C・ロバーツの英訳に登場する founded (建設される)と found (find の過去・過去分詞形)を見間違えたものだろう。なお、アンテノル(Antenor)とアンテナ(Antenna)は全く綴りが異なり、ロバーツの英訳にも解釈にもアンテナなど、一言も登場しない。
 2行目「もはやどんな圧制者も生むことなく」も誤訳。supporter は英語の support に対応するので「生む」の意味はない。ロバーツの英訳に使われていた bear は「支える」と「生む」の意味があるので、転訳による誤訳と思われる。
 3行目「神殿の中でみかけの柄はのどを刺し」は、manchet が manche になっている底本に基づく訳としては間違いではない。ただし、上の「異文」欄にあるように初出も1568年版も manchet となっており、ラメジャラー、クレベール、シーバースがいずれもそちらを支持している以上、manche という異文を支持すべき理由に乏しい。
 4行目「人々は死の召使いを置くようになるだろう」も誤訳。ロバーツの英訳 The people will come to put his servants to death *5は何もおかしくないが、これを転訳する際に put...to death (…を殺す)を何か勘違いしたのだろう。

 山根訳について。
 構文理解上は特に問題はない。細かい点を指摘しておくと Antenor を「アンテノール」と表記しているが、長音を生かすのであれば「アンテーノール」*6と表記されるべきだろう(当「大事典」では、この人物については長音を無視している)。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、アエネアスと共にイタリアにやってきたアンテノルにより建設された都市とは、ヴェネツィア人たちの大学(大学都市)となったパドヴァであり、それを治める暴君が教会で殺され、家来たちも殺害されることになると説明していた*7


 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は antenoree は「前」(ante)と「山」(oreus)の合成語で、1行目に言われている「古き都市」はローマとした。そして、この詩をムッソリーニ治下のイタリアに置き、暴君による教会勢力の虐殺や、民衆によるパルチザンの殺害と解釈した*8。のちの改定ではイタリアの革命に関する詩の一つとした*9
 ローマの独裁者とする解釈の基本線は、アンドレ・ラモン(1943年)も踏襲した*10

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は、前述のガランシエールの解釈をほとんどそのまま踏襲した*11。この解釈は、夫婦やもそのまま踏襲した*12。なお、ロバーツ本の日本語版では、ロバーツが「イーニアスの遺跡が、アンテナによってイタリア北東部の町パドアで発見され有名になる」と解釈したことになっているが、原書にはこんな解釈は載っていない。
 この日本語版の奇妙な解釈を真に受けたものか、同書には「古墳の発掘にまつわる奇怪な怪死事件の予言ではないか」とする内田秀男(未作成)の解釈と、「レーダーやロボットの発明」とする韮澤潤一郎の解釈が添えられている。

 エリカ・チータム(1973年)は後述のエドガー・レオニの解釈を踏まえつつ、描かれている事件の記録はないようだとした*13

 セルジュ・ユタン(1978年)は「フランス革命」とだけコメントした。それはボードワン・ボンセルジャンの補訂(2002年)でもそのままだった*14

同時代的な視点

 アンテノルが伝説上パタウィウム(パドヴァ)を建設したとされるのは17世紀のガランシエールなども指摘していた通りで、1行目に描写された都市がパドヴァを示しているであろうことは、実証主義的にも異論がない。

 エドガー・レオニはかつての時代状況から、パドヴァで支持されなくなる暴君とは、パドヴァを支配していたヴェネツィア共和国の執政長官(ポデスタ)であろうとし、その人物が教会で殺害され、手下たちも同様の運命を辿ることを描写したものと見なした。これは17世紀のガランシエールの描写ともそう違わないものであり、素直に読めば最も自然であろうと考えられる。
 ピーター・ラメジャラーも同様の読みを展開したが、レオニもラメジャラーも歴史的なモデルの特定には至っていない。

 暴君が教会で暗殺され、それが手下の追放(都市暴動?)にもつながるというのはかなり特定性の高い状況であり、1行目からパドヴァという場所まで特定されているわけだが、それだけに史実として存在しないことが分かりやすいとも言える。信奉者側でもほとんど解釈されてこなかった(例外的な解釈例にはローマとこじつける例があった)というのも、そのせいだろう。


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最終更新:2016年09月02日 23:34

*1 Brind'Amour [1996] p.289

*2 DALF, T.05, p.136

*3 DMF, p.72

*4 大乗 [1975] p.194。以下、この詩の引用は同じページから。

*5 Roberts (1947)[1949] p.204

*6 呉茂一『ギリシア神話・下』

*7 Garencieres [1672]

*8 Fontbrune (1938)[1939] p.220

*9 Fontbrune (1938)[1975] p.234

*10 Lamont [1943] p.296

*11 Roberts (1947)[1949]

*12 Roberts (1947)[1982], Roberts (1947)[1994]

*13 Cheetham [1973], Chhetham (1989)[1990]

*14 Hutin [1978], Hutin (2002)[2003]