詩百篇第1巻25番


原文

Perdu1, trouué2, caché de si long siecle
Sera pasteur3 demi dieu4 honoré5,
Ains que la6 lune7 acheue8 son grand cycle9
Par autres10 veux11 sera deshonoré12.

異文

(1) Perdu : Pendu 1611B 1981EB
(2) trouué : trouuee 1612Me, treuué 1627Di 1627Ma 1644Hu
(3) pasteur : pasteurs 1588-89 1612Me, Pasteur 1644Hu 1653AB 1665Ba 1667Wi 1672Ga 1772Ri
(4) demy dieu 1555 1589PV 1840 : demy-Dieu 1597Br 1627Di 1627Ma 1644Hu 1653AB 1667Wi 1672Ga 1716PR(a c), demy Dieu T.A.Eds.
(5) honoré : honore 1607PR
(6) que la : quel a 1628dR
(7) lune 1555 1588-89 1612Me 1716PRb 1840 1981EB : Lune T.A.Eds.
(8) acheue : acheué 1588Rf
(9) cycle 1555 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668 1840 : siecle T.A.Eds.(sauf : Siecle 1672Ga)
(10) autres : autre 1612Me
(11) veux 1555 1588-89 1612Me 1840 : veutx 1557U, veutz 1557B, ventz 1568X 1568A 1590Ro, vents 1568B 1568C 1591BR 1597Br 1605sn 1606PR 1607PR 1610Po 1611A 1611B 1628dR 1649Xa 1667Wi 1672Ga 1716PR 1772Ri 1981EB, vieux 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668, veus 1627Di 1627Ma 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba
(12) deshonoré : deshonore 1557B

(注記)1555Aの2行目 honoré は現在流布している影印版ではアクサンが見えないが、復刻印刷にあたり、ノイズをクリーニングした際に一緒に消えてしまったのだろう。Lemesurier [2003b] も honore と転記しているが、Brind'Amour [1996] はそもそも異文として認識していない。実際、オリジナルのフォトコピーで確認する限り、ごくうっすらとだがアクサンは見える。

校訂

 4行目 veux は様々な異文があるが veux のままでよいだろう。これは現代フランス語の voeux に対応する*1エヴリット・ブライラーピエール・ブランダムールピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールブリューノ・プテ=ジラールリチャード・シーバースらはいずれもそちらを採用している。

日本語訳

失われ、見つけられ、非常に長い間隠されてきた
牧者は半ば神と称えられるだろう。
月がその大いなる周期を完成する前に、
別の祈りによって名誉を傷つけられるだろう。

訳について

 2行目 pasteur は一般名詞で「牧者、羊飼い」の意味。
 Pasteur は上の「異文」欄から明らかなように、17世紀以降の一部の版に見られる表記だが、正統性を欠いている。
 後述するように細菌学者ルイ・パストゥール(パスツール)の登場によって、信奉者側の文献ではそのまま固有名詞のように扱われる事例は少なくないが、いささか恣意的な表記といえるだろう。

 4行目前半はどんな異文を採用するかによって訳が変わる。
 初版通り veux なら「別の祈りによって」、1568などのように vents とするなら「別の風によって」、1589PVなどのように vieux とするなら「別の老人たちによって」、1627などのように veus とするなら「別の見方によれば」となる。
 エヴリット・ブライラーは、初版の時点で「別の祈りによって」と「別の見方によれば」が掛け合わされていたと推測している。

 既存の訳についてコメントしておく。ただし、pasteur を「パストゥール」(パスツール)と固有名詞然として訳すことの当否は上で論じたので省く。
 大乗訳について。
 1行目 「なくし また見つかり いつまでも隠れている」*2は誤訳。大乗訳の底本となったロバーツ本は綴り字記号が全て省かれているという悪条件はあるにせよ、本来の原文は caché で「隠される」の意味 (cache を採るとしても「隠す」であって、「隠れる」なら se cache となるべき)。
 3行目「かくして月は かの偉大な世紀を終え」は誤訳。
 「世紀」は採用されている底本の違いにしても、Ainsは接続詞としては逆接なのだから、「かくして」はおかしい。この点、元になったはずのロバーツの英訳では But と逆接で訳されていたのだが、日本語版ではこれを順接の Ainsi と読み替えてしまったのだろう。
 なお、Ains que は avant que と同じなので*3、この場合は「~の前に」と訳すのが妥当である。
 4行目「他の風説は 不名誉を得るだろう」は誤訳。
 vents となっている底本を採用したことを差し引いても2点おかしい。まず、vent(s) は「風」の意味はあるが、「風説」の意味はない。また、直前に Par (~によって)があるのだから、これを主語にとることはできない。4行目の主語は2行目の「牧者」である(3行目の「月」は活用語尾から主語と見るには不自然で、文脈としても考えがたい)。

 山根訳について。
 1行目 「何世紀も埋もれていた 失われし物が発見される」*4は、語順を入れ替えて意訳すれば成立する。

 この詩については五島勉も大ベストセラー『ノストラダムスの大予言』で紹介していたので、その訳についても検討しておく。
 1行目「失われ、長いあいだかくされ、ふたたび見いだされる」*5は、山根訳と同じく、語順を入れ替えて理解すれば成立する。
 3行目「そのように長かった月の時代は終わり」は大乗訳と同じく、Ains を Ainsi と混同する誤訳。
 4行目「彼以外の古い頭の連中は名誉を失うだろう」も誤訳。大乗訳同様、Par を無視している。また、「彼以外の古い頭の連中」は autres vieux (別の老人たち)を採用して訳したにしても、言葉を補いすぎではないだろうか。

信奉者側の見解

 19世紀半ばまでにこの詩に触れたのは2人だけで、いずれも宗教的に捉えていた。
 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、ある有名な牧師(a famous Churchman)の予言としていた*6
 アナトール・ル・ペルチエ(1867年)は、未来の大君主(偉大なケルト人)が現れる頃に教皇(「牧者」)が神のように崇められるが、反キリスト(「別の風」)出現で苦難に遭うといった意味に理解していた*7

 しかし、細菌学者ルイ・パストゥール(パスツール)(Louis Pasteur, 1822年 - 1895年)がその名声を高めると、20世紀以降には彼の予言とする解釈が少なからず見られるようになる。
 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は、2行目に Pasteur とあることから、細菌学者パストゥールの業績が高くされる一方、それ以前の学説と衝突する予言と解釈した。
 似たような解釈は、エリカ・チータムジョン・ホーグネッド・ハリーも展開している*8

 五島勉は、ゲーテがこの詩にパスツールのことが書かれていることを知って驚嘆したという、「ゲーテのパスツール・ショック」というエピソードも紹介している*9

 死海文書の発見ではないかという志水一夫の指摘を批判した際に、加治木義博は「そのパスツールを有名なパスツールのこととしてなぜ悪いのか?」と述べている*10

【画像】パストゥール『自然発生説の検討』岩波文庫

 他方、ル・ペルチエと類似の視点も残っており、マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は、近未来の偉大なローマ教皇の出現に関する予言としていた*11
 ロルフ・ボズウェル(1943年)も近未来の教皇としたが、彼は聖マラキの予言の109番「月の半分」と関連付けて、その教皇のことではないかと解釈した(実際に「月の半分」の順番に当たった教皇はヨハネ・パウロ1世)*12

 セルジュ・ユタン(1978年)は星位に関する記述が含まれているとして、描写されているのはイタリアのムッソリーニではないかとした。
 しかし、ボードワン・ボンセルジャンの補訂(2002年)では、今までの、あるいは未来のイスラーム指導者ではないかとする解釈に差し替えられている。

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは1980年のベストセラーでは一言も触れなかったが、晩年の著書ではごく近い未来(2010年代のうち)に実現するフランス王政復古の予言と解釈した*13

 内藤正俊(未作成)(1986年)は、ここでの牧者をキリストのこととし、月は義の太陽(キリスト)の反対であるサタンと解釈している。その上で、4行目の「名誉を失う」の主語を3行目の「月」として、キリストがあがめられる一方、サタンが名誉を失うという意味に理解している*14

 志水一夫(1991年)は過去に自分が考えた解釈例として、牧童によって発見された死海文書についての予言とする解釈を挙げていた*15
 志水はその時点では、そのような解釈例は他に見当たらないようだとしていたが、のちにプフェッテンバッハの陰謀論的な死海文書関連書(1997年)の中で、この解釈が展開された(もっとも、その解釈は「風説」を主語に置くなど、大乗訳の不適切な要素に立脚した解説を含んでいる。訳編者の並木伸一郎は原書にかなり手を加えていることを後書きで認めているので、この部分は日本語版で付け足されたものだろう)*16
 そして、和田幹男によるまともな死海文書の概説書『死海文書 聖書誕生の謎』でも、サブカルチャーによる受容の例として、この詩と死海文書を結びつける解釈が紹介されている*17


【画像】和田幹男『死海文書 聖書誕生の謎』

懐疑的な視点

 ゲーテのパスツール・ショックについて、五島はスチュワート・ロッブらが紹介していると述べた。
 だが、ロッブの著書に見当たらないのはもちろん、他の海外の論者の文献にも見当たらない。

同時代的な視点

 Pasteur と固有名詞であるかのように綴られているのは、17世紀以降の一部の版である。
 ジョン・ホーグはポール・アルボー博物館所蔵の1568年版から転記したと称する原文で Pasteur としているが、実物がネット上で容易に確認できるため、単なる改竄にすぎないことが明らかになっている。
 チータムも同様のことをしているが、彼女の場合、底本の所蔵先を明示していないので、検証不可能。

 そもそも、pasteur(牧者)は、le bon Pasteur(よき牧者)とすればイエスを指す慣用句となるし、プロテスタントでは「牧師」の意味である。
 pasteur が大文字であれ小文字であれ、原文に医学をにおわせる言葉がないことからしても、宗教的なモチーフの詩と捉えられるべきだろう。

 3行目の「月の周期」はアブラハム・イブン・エズラ(未作成)(アヴェネズラ)が提示し、リシャール・ルーサなどが引き継いでいた7つの天体(太陽・月と5つの惑星)が世界を支配する354年4ヶ月(未作成)の周期のことである。この場合の月の周期は1533年に始まり、1887年に終わる。

 とはいえ、実証的な視点でも何が描写されているのかについては、一致していない。
 ピエール・ブランダムールは、イエス・キリストの信仰が褒め称えられるが、1887年より前に別の信仰によって名誉を失うといった内容の注記をしているが*18、かなり漠然としたものである。高田勇伊藤進の注記もこれに近い*19

 ロジェ・プレヴォは、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼に関連付けている。聖ヤコブの墓とされるものは、羊飼いによって9世紀に発見され、巡礼地として賑わうようになったが、イスラーム勢力によってイベリア半島が征服されると中断された(1、2行目)。
 1887年までに、サンティアゴ・デ・コンポステーラが新しい辱めを受けることになるという見通しが、後半2行に描写されているという*20

 ピーター・ラメジャラーはプレヴォの見解などを踏まえつつも、『ミラビリス・リベル』などに描かれた、未来のキリスト教会への迫害が投影されている可能性を示している*21


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  • 最初の2行はイエスのことだが、後半は「反キリスト」を表したニーチェwo -- とある信奉者 (2010-09-18 22:19:12)
  • (途中で送ってしまった。):批判者の代表がドイツ哲学者のニーチェ。名誉を傷つけられたのは同年代の1870年に無謬性を唱えたローマ教皇。 -- とある信奉者 (2010-09-18 22:38:24)

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詩百篇第1巻
最終更新:2022年10月10日 10:15

*1 cf. Brind'Amour [1996]

*2 大乗 [1975] p.51。以下、この詩の引用は同じページから。

*3 DMF

*4 山根 [1988] p.46 。以下、この詩の引用は同じページから。

*5 以下、この詩の訳文は五島 [1973] p.79から。

*6 Garencieres [1672]

*7 Le Pelletier [1867a] p.363

*8 Cheetham [1973], Hogue (1997)[1999], Halley [1999] p.131

*9 五島『大予言』pp.76-82

*10 加治木『真説ノストラダムスの大予言・あなたの未来予知篇』1992年、p.45

*11 Fontbrune (1938)[1939] p.199, Fontbrune (1938)[1975] p.212

*12 Boswell [1943] p.284

*13 Fontbrune [2006] p.501, Fontbrune [2009] p.127

*14 内藤正俊『ノストラダムスと聖書の預言』暁書房、1986年、pp.114-116

*15 志水 [1991]

*16 プフェッテンバッハ『封印された《死海文書》の秘密』KKロングセラーズ、1997年、pp.24-25

*17 和田、上掲書、pp.57-58

*18 Brind’Amour [1993] p.193, Brind’Amour [1996]

*19 高田・伊藤 [1999]

*20 Prévost [1999] pp.223-224

*21 Lemesurier [2003b]