詩百篇第1巻29番


原文

Quand1 le poisson2 terrestre & aquatique3
Par forte4 vague au5 grauier sera mis,
Sa forme estrange suaue & horrifique6,
Par mer7 aux murs8 bien tost9 les ennemis10.

異文

(1) Quand : Quand’ 1612Me
(2) poisson : Poisson 1589PV 1672Ga
(3) terrestre & aquatique : teriestre et aquatique 1716PRb, Terrestre & Aquatique 1672Ga
(4) forte : force 1591BR 1597Br 1605sn 1606PR 1607PR 1610Po 1611B 1612Me 1627Ma 1627Di 1628dR 1644Hu 1649Xa 1650Ri 1653AB 1665Ba 1716PR 1981EB, for ce 1611A
(5) au : ou 1627Di 1644Hu 1653AB 1665Ba
(6) & horrifique : & orifique 1612Me, en horrifique 1716PRc
(7) mer : mes 1607PR 1610Po, Mer 1672Ga 1712Guy
(8) murs : meurs 1606PR 1607PR 1610Po 1627Di 1627Ma 1650Ri 1716PR
(9) bien tost : bien-tost 1644Hu 1649Xa 1712Guy 1772Ri
(10) ennemis : Enemies 1672Ga

校訂

 ピエール・ブランダムールは3行目の suave を suate と校訂した。ブリューノ・プテ=ジラールリチャード・シーバースは踏襲しているが、ピーター・ラメジャラーは支持していない。この点、後述の「訳について」も参照のこと。

日本語訳

陸棲であり水棲でもある魚が
強い波で浜辺に打ち上げられるであろう時、
― それは奇妙で脂ぎった恐ろしい姿である ―
間をおかず海を渡って、敵たちが城壁へと。

訳について

 構文理解上は特に難しいところはない。1行目 Quant (Quand) に導かれる節は2行目にまたがっているので、訳文では「~時」を2行目に回した。3行目を挿入的に理解するのはピエール・ブランダムールの釈義に従ったものだが、実際のところ、そう理解するほかない。
 2行目 gravier は「砂利」の意味だが、中期フランス語では plage (浜辺、海岸)の意味もあった*1

 問題となるのが3行目の suave (柔和な)で、前後の形容詞 estrange (奇妙な、変わった)、horrifique (恐ろしい)とはニュアンスが異なりすぎるようにも見える。これについてブランダムールは suate と校訂した。これはプロヴァンス語で「(皮革に)脂を塗られた」を意味する。高田勇伊藤進リチャード・シーバースはこれを踏まえて訳している。他方、ピーター・ラメジャラーはそのまま suave と見なして訳出している。当「大事典」ではひとまずブランダムールらの見解に従っている。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1 行目 「地にすむ魚も 海にすむ魚も」*2は不適切。「魚」は単数形であり、1匹の魚が auatiqueな(=水棲の)性質と terrestre な(=陸棲の)性質を併せ持っているということである。
 3行目「奇異で 恐ろしい姿で」は suave が訳出されていないとしか思えない。
 4行目「まもなく敵は海の壁にやってくるだろう」は par の解釈によっては成り立たないわけではないが、この場合の par は普通は経路(~を通って)と理解されている。

 山根訳について。
 1行目 「海陸を股にかけて駆けめぐる魚が」*3は意訳にしても言葉を補いすぎではないだろうか。
 3行目「なめらかで身の毛がよだつその異形」は suave をそのまま「柔和な」の意味合いに理解した場合の訳し方としては穏当なものだろう。

 この詩については五島勉の『ノストラダムスの大予言』でも採り上げられていたので、その訳についても検討しておこう。
 1行目「地に棲む魚、海に棲む魚」*4は大乗訳と同じ問題を抱えている誤訳。
 2行目「彼らは強い波によって岸に打ちあげられる」も誤訳。「彼ら」に対応する語はなく、動詞 sera が三人称単数に対応していることからも、複数形に理解するのは不適切。
 3行目「その姿は異様で奇怪でおそろしい」は suave について「奇怪」と訳せる語学上の根拠が示されていない。この suave についての五島の曲解は、高木彬光がつとに指摘していた*5
 4行目「それからしばらくのあいだ、人間の敵は海のそばの壁に来ることになる」も誤訳。 bien tost (現代の bientôt)は「やがて、間もなく」であり、「しばらくのあいだ」などというニュアンスはない。また、原文には ennemis (敵)に「人間の」などという形容詞は付いていない。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、陸棲であり水棲でもある魚が砂場に打ち上げられる時、その近くの都市が海を通ってきた敵に攻囲されるという、ほとんどそのまま敷衍したような解釈しかつけていなかった。*6
 バルタザール・ギノー(1712年)も似たようなものだが、1行目の魚は陸棲の動物と魚を合成した怪物(半魚獣)だとか、4行目の海辺の都市はフランス国内の都市などと、若干限定するような解釈をつけていた*7

 その後、20世紀半ばまでこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、ジャック・ド・ジャンD.D.テオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードの著書には載っていない。

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)は1938年の時点では何も解釈していなかったが、後の改訂版では「魚」をキリスト教会の比喩と理解し、近未来のローマ教会の動揺に関する予言とした*8

 ロルフ・ボズウェル(1943年)は『ヨハネの黙示録』に描かれた終末論的情景に関する詩の一つとして言及した*9

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)、ヴライク・イオネスク(1976年)、ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(1980年)は水陸両用兵器の描写を含むノルマンディ上陸作戦(1944年6月6日)の予言とした*10。なお、フォンブリュヌは3行目について、その隊形が外国人たちで成り立ち(estrange には「外国の」の意味もある)、相手に恐怖を、フランスには安堵を与えた、という形で理解していた。

 スチュワート・ロッブ(1961年)も水陸両用の兵器の予言としているが、特定の事件とは結び付けていなかった*11。これはセルジュ・ユタン(1978年)も同じであった*12
 この系統の解釈では、エリカ・チータムはサブロック(潜水艦に搭載する対潜水艦ミサイル)、ポラリス(米原潜が装備していた中距離弾道ミサイル)などの予言と解釈した*13。もっとも、ポラリスは順次ポセイドンに取って代わられたためか、後の著書ではポラリスへの言及は削られた*14

 五島勉(1973年)は公害の汚染による奇形魚が海岸に打ち上げられる様子と解釈し、4行目の「壁」は人類の敵と蔑まれるようになったコンビナート群のことと解釈した*15

同時代的な視点

 素直に読めば、ガランシエールやギノーのように、怪魚の出現が敵の襲来の予兆となっているというモチーフの描写ということになるだろう。16世紀当時には海には陸上の生物と類比しうる様々な怪物が棲んでいると信じられていたのである。

 実際、ピエール・ブランダムールは、この詩が書かれたころ(1550年代半ば)より50年ほど後にフルケ・ソボリ(Foulquet Sobolis)という人物が書いた日記(1602年7月22日)の叙述を引き合いに出している。ソボリによると、この日マルセイユで牛、獅子、牡鹿などの特色を部分的に併せ持った怪魚が射殺、捕獲されたといい、ソボリはノストラダムスのこの詩を引き合いに出しつつ、この怪魚の出現はフランスと対立関係にあったスペインやサヴォワの軍勢がマルセイユへと攻めてくることの予兆と解釈したのである*16

 もっとも、これは、ブランダムールがソボリの日記を以て的中したと見なしているわけではない。そうではなく、あくまでも当時の人々にとって、凶兆となる怪物の出現のモチーフが珍しいものではなかったということである。

 なお、ピーター・ラメジャラーは2003年の段階では1553年のライン川の事件がモチーフとしていたが、2010年には未特定の驚異に関する詩篇と解釈しなおした*17


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  • ソ連による世界初の人工衛星の打ち上げ(1957年)と アメリカによるヒッグス湾事件(1959年)の予言かな? あるいはソ連による世界初の有人ロケット・ボストーク1号打ち上げ(1961年) そしてキューバ危機(1962年)を予言。 -- とある信奉者 (2017-03-22 07:21:22)
最終更新:2018年07月06日 23:50

*1 DMF

*2 大乗 [1975] p.52。以下、この詩の引用は同じページから。

*3 山根 [1988] p.47。以下、この詩の引用は同じページから。

*4 五島 [1973] p.55。以下、この詩の引用は同一ページから

*5 高木 (1974)[1975] pp.161-167

*6 Garencieres [1672]

*7 Guynaud [1712] pp.327-328

*8 Fontbrune (1938)[1975] p.239

*9 Boswell [1943] p.328

*10 Roberts (1947)[1949] / Roberts (1947)[1994], Ionescu [1976] pp.553-555 & 722-723, Fontbrune (1980)[1982] /Fontbrune [2006] p.378

*11 Robb [1961] p.129-130

*12 Hutin [1978], Hutin (2002)[2003]

*13 Cheetham [1973]

*14 Cheetham (1989)[1990]

*15 五島『大予言』pp.55-57

*16 Brind'Amour [1996] pp.91-92. 高田・伊藤 [1999] pp.41-42

*17 Lemesurier [2003b], Lemesurier [2010]