詩百篇第1巻74番


原文

Apres seiourné vogueront1 en Epire2:
Le grand3 secours viendra vers Antioche4,
Le5 noir poil crespe6 tendra7 fort à l'empire8:
Barbe d'ærain9 le10 roustira11 en broche.

異文

(1) vogueront : vagueront 1606PR 1607PR 1610Po 1627Di 1627Ma 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba 1716PR(a b), vagueron 1716PRc
(2) Epire : Empire 1588-89 1605sn 1611B 1612Me 1628dR 1649Xa 1672Ga 1716PR 1981EB, Ephire 1772Ri
(3) Le grand : le grand 1649Xa
(4) Antioche : Anthioche 1607PR 1610Po 1649Xa
(5) Le noir : De noir 1588-89 1612Me
(6) poil crespe : poil cerspe 1716PRa, poil 1716PRc
(7) tendra : rendra 1607PR 1610Po 1612Me 1627Ma 1627Di 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba
(8) l'empire 1555 1840 : l'Empire T.A.Eds.
(9) d'ærain : d'arin 1588Rf 1589Me 1612Me, d'orin 1589Rg, d'erain 1627Ma 1627Di 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba, d'airain 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668, d'Airain 1672Ga, d'ærin 1716PRb
(10) le (vers4) 1555 1588-89 1589PV 1590SJ 1612Me 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668 1840 : se T.A.Eds.
(11) roustira 1555 1557U 1557B 1568 1590Ro 1772Ri 1840 : rostira T.A.Eds.

校訂

 1行目 seiourné (sejourné) をピエール・ブランダムールは sejour と校訂している。これは詩文上の要請だという。ブリューノ・プテ=ジラールも踏襲している。

日本語訳

(彼らは)エペイロスで滞在の後に出航するだろう。
大いなる救援がアンティオキアの方へと来るだろう。
縮れた黒毛が帝国を力強く目指すだろうが、
銅 〔あかがね〕(色)の鬚髯 〔ひげ〕 は彼を串焼きにするだろう。

訳について

 1行目は主語が省略されているが、動詞は三人称複数形なので、カッコ書きで「彼らは」を補った。
 3行目から4行目にかけて逆接の接続語はないが、ドゥーポワン(:)はしばしばそうした役割を果たす。ピエール・ブランダムールの釈義、高田勇伊藤進訳が逆接と理解しているので、それに従った。
 4行目 aerain は「青銅(色)」の意味だが、この場合は赤色(赤褐色)のこと。日本語で「青銅(色)の鬚」というと字面に惑わされやすいと判断し、「銅(色)の」とした。要するに「赤ひげ」のことなので、そのように意訳しても差し支えないだろう。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 3行目 「黒い髪を巻き 帝国を鋭くねらい」*1の「黒い髪を巻き」は2点で不適切。まず、これは3行目の主語であり名詞節だが、大乗訳だとそうは読めない。2点目に、poil は体毛全般を指すので、髪かも知れないし鬚かもしれないという点で、髪と断言するのはやや不適切。第2巻79番には「黒い巻きひげ」が登場するので、ひげの可能性は決して低くない。
 4行目「真ちゅうのひげが鉄ぐしのように焼かれるだろう」は誤訳。airainを「真鍮」と訳すことの不適切さはそちらの記事を参照。また、4行目の主語は「銅色のひげ」で、目的語は le (彼を、それを)である。これは例によってヘンリー・C・ロバーツの不適切な改変による不整合を重訳したものである。ロバーツの底本になったテオフィル・ド・ガランシエールは le が se になっていた。この場合は代名動詞になるので、受動態で訳すのが正しい。ところがロバーツは se を le に戻しておきながら、英訳はガランシエールのものをそのまま転用したので、原文と訳文がチグハグなことになってしまったのである。

 山根訳について。
 1行目 「休息ののち彼らはエピロスへ旅立つ」*2は成立する訳。en は「~で」以外に「~へ」の意味もある。
 2行目「アンティオキナあたりから強力な援軍がやってくる」は誤訳。アンティオキアを「アンティオキナ」と表記しているのもよく分からないが(解説文でもそう表記している)、それ以上に問題なのが「~あたりから」である。vers は「~の方へ」「~の辺りで」の意味はあるが、「~の辺りから」の意味はない。それは中期フランス語でも同じである*3
 3行目「縮れ毛の王が帝国のために大いに骨折ってくれるだろう」も誤訳。「王」(roi)は「黒」(noir)をアナグラムした結果導かれた語であり、原文にない。こういう解釈を交えることが妥当かどうかは個別の事情によるだろうが、第2巻79番の類似表現なども踏まえると適切には見えない。また、tendre (緊張させる、目指す)を「骨折りする」と訳すのも不適切だろう。元になったはずのエリカ・チータムの訳語は strive で、この場合は「~を目指して努力する」の意味に取るべきだろう。for を「ために」と訳してしまうとニュアンスが異なりすぎる。
 4行目「真鍮の髪が焼き串の上で炙られる」も誤訳。「真鍮」の不適切さはairain参照。barbeを「髪」としているのは、おそらく単純な誤植。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、最後の行の解釈を読者にゆだねるとしつつも、この詩に難しい箇所はないとだけ述べた*4。具体的な出来事との対応は一切示していない。


 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は、ナポレオンのエジプト遠征とその後の権力掌握と解釈した。エペイロスをギリシア語の語源に遡って大陸と解釈し、エジプト滞在後、救援を求めて(アンティオキアがかつての首都だった)シリアを目指したことなどとし、3行目の巻き毛はフェルト帽と解釈したのである。「銅色のひげ」は共和政の隠喩と理解した*5
 この解釈は息子のジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌが踏襲した*6
 セルジュ・ユタン(1978年)もナポレオンのエジプトや西アジアの遠征と解釈していたが、赤ひげの人物については不明としていた。のちのボードワン・ボンセルジャンの補訂では、赤ひげはエジプト太守ムハンマド・アリーに同定されている*7

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は3行目の黒毛を「黒い奴」(the Black One)としてムッソリーニと解釈し、枢軸国のギリシアや地中海方面への進出と解釈した*8

 エリカ・チータム(1973年)は「銅色のひげ」に該当するのは、ノストラダムスと同時代のバルバロッサ(バルバロス・ハイレッディン)か、スペイン王フェリペ2世だとしているが*9、複数の解釈者に基づくかのように書いてあるこれらの解釈は、エドガー・レオニがいくつか示していた解釈をそのまま転用したものである。

同時代的な視点

 エドガー・レオニは新たな十字軍に関するモチーフの詩ではないかとしつつ、「銅色のひげ」=「赤ひげ」については、ノストラダムスと同時代の海賊バルバロッサ(バルバロス・ハイレッディン)、スペイン王フェリペ2世、12世紀の神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世の3通りの可能性を挙げていた*10

 ピエール・ブランダムールは黒い巻き毛が第2巻79番第3巻43番(未作成)にも登場することを指摘しつつ、「黒」と形容される人物はノストラダムス予言でネガティヴに扱われているとした。

 具体的なモデルを指摘したのがロジェ・プレヴォで、この詩は第一次十字軍(1096年 - 1099年)に行われたアンティオキア攻囲戦(1097年)に基づいているとした*11。この戦いではトルコ側の間諜が焼かれるために串刺しにされたという。「銅色のひげ」はもちろんそれから間もなく(1155年)神聖ローマ皇帝になったバルバロッサ(赤ひげ)ことフリードリヒ1世としているが、ピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースがこれを踏襲して、1097年のアンティオキア攻囲戦にフリードリヒが参戦したかのように書いているのは、どう見ても誤りだろう。フリードリヒ1世は1122年生れで、そもそも攻囲戦の時点では生まれていない(彼が参戦したのは第三次十字軍)。
 詩の情景には一致する箇所もある。ただし、ラメジャラーやシーバースが勘違いしたように、4行目を素直に読むと、赤ひげが彼(黒毛)を串焼きにすると読めるので、アンティオキア攻囲戦に参加していないフリードリヒを持ってくるのは、少々強引に思えなくもない。
 そのためかどうか、プレヴォの見解を多く踏襲しているブリューノ・プテ=ジラールは、この詩については踏襲せず、「銅色のひげ」はAenobarbeと同義でネロを連想させることと、ノストラダムスと同時代に海賊バルバロッサがいたと指摘するにとどまった。

【画像】 関連地図。エペイロス地方は主都イオアニアで代用。なお、エペイロスの記事にもあるように、西の沿岸部までこの地方に含まれる。


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詩百篇第1巻
最終更新:2018年10月24日 01:56

*1 大乗 [1975] p.63。以下、この詩の引用は同じページから。

*2 山根 [1988] p.66 。以下、この詩の引用は同じページから。

*3 cf. DMF

*4 Garencieres [1672]

*5 Fontbrune (1938)[1939] p.88, Fontbrune (1938)[1975] p.104

*6 Fontbrune (1980)[1982], Fontbrune [2006] p.192

*7 Hutin [1978], Hutin (2002)[2003]

*8 Roberts (1947)[1949], Roberts (1947)[1994]

*9 Cheetham [1973], Cheetham (1989)[1990]

*10 Leoni [1961]

*11 Prévost [1999] p.86