詩百篇第1巻94番


原文

Au port1 Selin2 le tyran3 mis à mort4
La liberté non pourtant recouurée:
Le5 nouueau6 Mars par vindicte7 & remort8:
Dame par force9 de frayeur10 honorée.

異文

(1) port : Port 1672Ga
(2) Selin : selin 1588Rf 1589Rg 1612Me, Selim HCR
(3) tyran : ryran 1590Ro, Tyran 1649Xa, Tyrant 1672Ga
(4) à mort : a mort 1589Me 1612Me, a Mort 1672Ga
(5) Le : le 1649Xa
(6) nouueau : nouueu 1627Di
(7) vindicte : vidicte 1627Ma 1627Di, vindict 1649Xa 1672Ga
(8) & remort : remort 1557B
(9) force : focre 1649Ca 1650Le
(10) de frayeur : defrayeur 1650Ri

(注記1)1611Abは該当ページが脱漏。

(注記2)HCR はヘンリー・C・ロバーツの異文。

日本語訳

スランの港で暴君が殺される。
しかし自由は回復されない。
新たなマルスが復讐と遺恨によって。
婦人は恐怖のせいで軍隊に敬われる。

訳について

 1行目はSelin を名前、le tyran を並列的な異名・称号のたぐいと理解すれば、「港で暴君スランが殺されるだろう」とも訳せる。ただし、前半律は Selin までなので、韻律上不自然なことは否めない。実際、エドガー・レオニエヴリット・ブライラーピエール・ブランダムールジャン=ポール・クレベールピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースらは、いずれも「スランの港」と理解している。

 3行目は直訳した。動詞が明らかに不足しているので、状況がよく分からない。ブランダムールの釈義では「軍の新しい指導者は復讐と遺恨によって振舞うだろう」となっている。ピーター・ラメジャラーのように、マルスを戦争の意味にとり、(2行目の自由が回復されないのは)「復讐と遺恨によって新しい戦争が始まるから」という意味に理解する論者もいる。

 4行目は「婦人は恐怖の力により敬われる」「婦人は多くの恐怖によって敬われる」とも訳せる。中期フランス語には現代の à force de (多くの~のおかげで)を意味した par force de という成句があった*1。ただし、前半律(最初の4音節)が par force までなので、par force と de frayeur を分ける方が妥当ではないかと思われる。ピエール・ブランダムールの釈義はそうなっており("par force, à cause de la peur" *2)、ここではそれに従った。
 ただし、ふだんは前半律と後半律の区切りを大事にしているエヴリット・ブライラーは、ここではあえて「恐怖の力により」(by force of fear*3)と訳している。ピーター・ラメジャラーも似た様なものである。リチャード・シーバースは honored out of fear & force *4と並列的に訳している。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1 行目 「港で圧制者セリムは死ぬだろう」*5は、前述のように、構文理解上は成立する。
 後半「復しゅうと後悔で新しい軍神は/婦人に恐れの力で尊敬されるだろう」は、一般的ではない。前述の論者はいずれも(3行目の読みに違いはあるが)4行目のみを独立したものと理解している。分詞の語尾 (女性名詞に対応する受動態) からしても、「敬われる」の主体を dame ととるのが自然である。分詞の語尾が直前の frayeur に引き摺られたものと理解したうえで、dame に前置詞を補えば、一応、大乗訳のように訳せないこともない。

 山根訳について。
 3行目 「あらたな戦争が悔恨と復讐から生まれる」*6は、上述のように、そのように言葉を補う論者はいる。

 この詩については五島勉も『ノストラダムスの大予言・中東編』で訳しているので検討しておこう。
 3行目「復讐と再度の死によって新しいマルスがはじまる」*7は、最後の部分が意訳の範囲だとしても、「再度の死」が強引すぎる。remort が現代語の辞書にないことから、re(再)-mort(死) と理解したのだろう。
 4行目「栄光の恐ろしい力によるダーム」は、honorée が frayeur に係っていると判断したのだろう。一応、そう訳せないこともないが、主要な論者でこうした訳は見られない。
 ちなみに五島は、mis à mort について、「殺される」以外に「死を発射する」という意味もあると主張したが*8、もちろんそんな意味はない。mis はmettre (置く、作動させる等)の過去分詞もしくは1・2人称単純過去形であり、この文脈で能動態に理解することがまず出来ない。また、mettre は他動詞なので「死を」という意味なら前置詞 à が付くはずがない。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは、selyn をセリムと関連づけ、そういう名前の皇帝を複数輩出したオスマン帝国の港町コンスタンティノープルを指すと解釈し、その皇帝の一人の死に関する予言とした*9
 その後、20世紀半ばまでこの詩を解釈した者はほとんどいないようである。少なくとも、ジャック・ド・ジャンバルタザール・ギノーD.D.テオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードアンドレ・ラモンロルフ・ボズウェルジェイムズ・レイヴァーの著書には載っていない。

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)もガランシエールと同じく、スランの港をコンスタンティノープルと解釈し、未来の同港で暴君が殺される予言と解釈した*10
 息子のジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(1980年)は、スランの港はムスリム(イスラーム信徒)の港を指すという形で、父親よりも特定性を低めた。他方で、父親が君主政の比喩としか解釈していなかった「婦人」については、フランスの第五共和政のことと限定した。彼はムスリムの港で暴君が殺されることと、近未来にフランスの第五共和政が崩壊することと解釈した*11。晩年の著書では、後半の解釈を後退させ、どこかの政府の女性に関するものと解釈しなおした*12

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は、オスマン帝国皇帝のセリム2世とレパントの海戦に関する予言と解釈していたが、子供たちの改訂版では、フォークランド紛争に勝利したイギリスの宰相マーガレット・サッチャーに関する予言とする解釈に差し替えられた*13
 レパントの海戦とする当初の解釈は、エリカ・チータム(1973年)によって踏襲された*14

 セルジュ・ユタン(1978年)は、フランス革命期のロベスピエールの処刑と解釈した*15。のちのボードワン・ボンセルジャンの補訂(2002年)では、ムスリムの港に関する未成就の予言とする解釈に差し替えられた*16

 ジョン・ホーグ(1997年)は、先行する解釈をいくつか紹介した上で、別の可能性として、青年トルコ革命(1908年)とする解釈を提示した*17

 日本では、湾岸危機から湾岸戦争へと至る時期(1990年 - 1991年)に、イラクのサダム・フセインの死を予言している可能性もある詩篇として、五島勉ノストラダムスの大予言・中東編』や加治木義博真説ノストラダムスの大予言』で採り上げられた*18。上述のように、五島は「死を発射する」という強引な可能性を示すことで、予防線を張っていた。一方、加治木は「サダムの死」と明言していた。彼らは共通して、続刊の中では一切触れていない。

同時代的な視点

 エドガー・レオニは、スランの港をジェノヴァと見なし、そこの提督アンドレーア・ドリア(当初フランソワ1世側についていたが、のちに神聖ローマ帝国カール5世側に寝返った)が殺されることを期待したが、外れた予言だろうと解釈した*19

 ピーター・ラメジャラーは、古代シチリア島のセリヌスの港とみなし、紀元前409年のカルタゴのシチリア侵攻がモデルになっていると判断した。その出来事について記述されているディオドルス・シクルスの『ビブリオテカ・ヒストリカ』は1515年に翻訳版が出版されていたという*20


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詩百篇第1巻
最終更新:2018年11月05日 00:24

*1 DMF

*2 Brind'Amour [1996] p.180

*3 LeVert [1979] p.96

*4 Sieburth [2012] p.37

*5 大乗 [1975] p.68。以下、この詩の引用は同じページから。

*6 山根 [1988] p.72。以下、この詩の引用は同じページから。

*7 五島『大予言・中東編』 p.74。五島訳の引用は以下同じ。

*8 五島、前掲書、p.77

*9 Garencieres [1672]

*10 Fontbrune (1938)[1939] p.246, Fontbrune [1975] p.260

*11 Fontbrune (1980)[1982]

*12 Fontbrune [2006] p.508

*13 Roberts (1947)[1949], Roberts (1982)[1994]

*14 Cheetham [1973], Cheetham (1989)[1990]

*15 Hutin [1978]

*16 Hutin (2002)[2003]

*17 Hogue {1997)[1999]

*18 五島、前掲書、pp.74-82。加治木、前掲書、pp.191-192

*19 Leoni [1961]

*20 Lemesurier [2010]