百詩篇第2巻62番

原文

Mabus puis tost 1 alors mourra, viendra
De 2 gens & bestes vne horrible defaite :
Puis tout à coup la vengence 3 on verra 4
Cent, main 5 , soif, faim 6 , quand 7 courra 8 la comete 9 .

異文

(1) puis tost : plustost 1600 1610 1716
(2) De : Des 1605 1628 1649Xa 1672
(3) vengence 1555A 1557U 1557B 1627 1840 : vengeance T.A.Eds.
(4) verra : verta 1716
(5) Cent, main : Sang, Main 1672, Sans mains conj.(PB)
(6) soif, faim : faim 1600 1610 1716, Soif, Faim 1672
(7) quand : quend 1716
(8) courra : corra 1557B
(9) la comete : les conter 1557B, la comette 1568A 1590Ro 1605 1627 1644 1649Ca 1649Xa 1650Le 1653 1668, la Comete 1672

(注意)1588-89は2-28に差し替えられており、不収録。

日本語訳

そしてマビュスがその時すぐに死ぬと、到来するだろう、
人々と獣たちの恐るべき崩壊が。
そして突然目撃されるだろう、報復と
手無し、渇き、飢餓が。彗星が巡るであろう時に。

訳について

 大乗訳1行目「マーブがきてまもなく死ぬだろう」 *1 は、韻を整えるためにviendra(来るだろう)とmourra(死ぬだろう)の語順を変えたと理解すれば、絶対あり得ない訳というわけでもないのかもしれないが、2行目との繋がりから言っても、少々不自然な訳し方といえる。五島勉による1行目の訳「やがてマビューがやってくる、それで結局、みんな死に絶える」 *2 は、皆(tout)を補って訳しているが、かなり強引である。

 大乗訳2行目「人々と獣が恐ろしい破壊をし」は、ヘンリー・C・ロバーツの英訳 Of people and beasts shall be a horrible destruction *3 の Of を見落として訳したものではないだろうか。この場合、shall be に当たるものは原文にないため、ロバーツの英訳自体が不適切で、ピエール・ブランダムールピーター・ラメジャラーエヴリット・ブライラーエドガー・レオニらのように、2行目全体は1行目の viendra に対応する名詞節(主語)と見るべきだろう。

 3行目 verra(見るだろう)の対象を4行目にも拡大するのはブランダムールの読み方による。同じような読み方でも、ラメジャラーの場合、4行目前半は3行目 vengeance の説明と捉えている。つまり「そして突然目撃されるだろう、報復、つまりは人の血、渇き、飢餓が。彗星が巡るであろう時に。」ということである。

 山根訳4行目冒頭「百本の手」は、ほぼ原文通りの訳(厳密に言えば百本の手なら cent mains で、原文で main が単数なことに対応していない)。ただし、ここではブランダムールの読みに従い、「手無し」(sans mains)と読んだ(発音はどちらも「サン・マン」)。ブライラーは sang main(直訳は「血、手」。彼は「血塗れの手」と意訳)と読み、ラメジャラーは sang humain(人の血)と読んでいる。

信奉者側の見解

 エリカ・チータムは1986年のハレー彗星接近時にアフリカで飢餓がひどかったことなどと結び付けつつ、マビュスについては第3のアンテクリストのことかもしれないとしている(この手の解釈で「第3の」とされる場合、第1はナポレオン、第2はヒトラーとされる)。

 セルジュ・ユタンは第2次世界大戦時にフランスが占領されたあと、解放されたことの予言とした。この解釈はボードワン・ボンセルジャンによって、未来の暴君の予言とする解釈に差し替えられた。彼によれば、Mabusとはアラブ人の名前マーブス(Mah'bouss)の可能性があるという。

 五島勉はルシフェロン(未作成)の幹部との対談と称するものの中で、彗星を巡航ミサイル、Mabusをアナグラムで US-ABM(アメリカの核ミサイル防衛網)とし、近未来の米ソ核戦争の序盤を予言している可能性を紹介している。

 原秀人(未作成)は1986年のハレー彗星接近の頃から広まったエイズウィルス感染と解釈し、藤島啓章も追随した。

 池田邦吉は Mabus を変則的にアナグラムして Sudam とし「サダム」と読んでいる(実際のフランス語でのサダムの綴りは Saddam)。彼はこの詩を湾岸戦争と結び付けていた。海外ではジョン・ホーグもひとつの可能性として、SaddamをアナグラムしたMaddasに近いとしている。彼の場合は、ハンニバルの古い呼び名トゥルボ・マユス(Thurbo Majus)と結び付けたり、スカッドミサイルと結び付けるなど、他にも多くの可能性を列挙している。

 Mabus はマルスを意味する古いラテン語だと主張した加治木義博も、湾岸戦争の一場面と解釈した *4

 ほかにも様々な解釈があるが、日本語で出されたものについては山本弘がだいたいのところをまとめて紹介している *5

同時代的な視点

 ブランダムールはマビュス(Mabus)をモブージュ(未作成)(Maubeuge)と理解した上で、この町が1543年と1553年に歴代国王によって焼き払われたことと解釈している。

 ピーター・ラメジャラーは、マビュスを画家マビューズ(Mabuse)と理解し、1532年の出来事がモデルになっていると解釈した。この年、前年のハレー彗星に続いて別の彗星が観測された。この彗星はNASAによる「歴史上の大彗星」リストでも確認できる *6
 この彗星は9月初旬から1ヶ月以上観測されたが、マビューズは「その時すぐに」死んだのである(彼は10月1日に歿した)。また、この年にはハンガリーで神聖ローマ皇帝カール5世がオスマン帝国を破っている *7
 つまり、この詩では彗星の出現が、大画家マビューズの死や戦乱と結び付けられていると読むわけだが、ラメジャラーは飢餓については言及していない。

 この解釈の優れている点は、彗星と Mabus を時期的に強く関連付けた点だが、2行目で「獣」にも言及されているのが比喩でないのなら、疫病を表現している可能性もあるだろう。飢饉による抵抗力低下と疫病(特にペスト)の広まりは、当時強く結びついていた。
 1532年頃のペストの伝染状況については未調査だが、ノストラダムスが最初の妻と子を疫病で亡くしたとされるのがこの時期であったことは意識されてよい。歴史的に大きな流行がなかったとしても、彼の個人的追憶として強く印象に残っていた可能性があるからだ。
 ただ、いずれにしてもこの詩を1532年頃の状況と結び付けるためには、マビュスをマビューズと結び付けることが必須だが、ノストラダムスがこの画家をどの程度評価していたのかについて判断できる資料は確認されていない。

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