百詩篇第2巻60番

原文

La foy 1 Punicque 2 en Orient rompue 3
Gang. Iud. 4 & Rosne 5 , Loyre 6 , & Tag 7 changeront 8 ,
Quand du mulet 9 la faim sera repue 10 ,
Classe espargie 11 , sang & corps 12 nageront.

異文

(1) foy : Foy 1772Ri
(2) Punicque : vnicque 1588-89, Puniqu 1611B, punique 1590Ro 1627 1644 1650Ri 1653
(3) rompue : romput 1627, rompuë 1588Rf 1605 1628 1644 1649Ca 1649Xa 1650Le 1653 1665 1668 1772Ri 1716
(4) Gang. Iud.: Grand Iud. 1568 1590Ro 1772Ri, Gand, Iud 1588-89, Grand Iud, 1597 1600 1605 1610 1611 1628 1649Xa 1672 1716, Gãndelud[sic.] 1627, Gang.ud 1653, Gang, Iud. 1649Ca 1650Le 1668A, Gang, Ind. 1668P, Ganglud 1665
(5) & Rosne : Rosne 1557B
(6) Loyre : loyre 1589PV
(7) Tag : Tag. 1557B 1568C 1568I 1589PV 1605 1611A 1628 1649Ca 1650Le 1668 1772Ri, tag 1588Rf 1589Rg
(8) changeront : changerons 1665
(9) mulet : Mulet 1672
(10) repue : repeuë 1588-89, repuë 1644 1627 1649Ca 1649Xa 1650Le 1650Ri 1668 1716 1772Ri, repeue 1672
(11) espargie : espargne 1627
(12) sang & corps : Sang & Corps 1672

(注記)1627の espargne は p が逆に印字。

校訂

 2行目について、ピエール・ブランダムールは Gang. Ind. と校訂しており、ピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールも支持している。それには賛成なのだが、Tag についてブランダムールは全く触れていない。後の版の異文にあるようにポワン(ピリオド)を打って Tag. とすべきだろう(ラメジャラーはそうしているが、何も注記していない)。

 3行目 mulet(雄ラバ)は mulastre(混血児)の可能性がある。これについては後述を参照のこと。

日本語訳

フェニキアの信頼が東方で砕かれるだろう。
ガンジス、インダス、ローヌ、ロワール、テージョは変わるだろう。
雄ラバの飢えが満たされるであろうとき、
艦隊は散らされ、血と体が泳ぐだろう。

訳について

 山根訳2行目「大ヨルダン ローヌ ロワール タホが変わるだろう」 *1 は、元にした版の訳としては許容される訳。1568年版の Grand Jud.は、エドガー・レオニなども「大ヨルダン」と読む可能性を示していた。タホ川はテージョ川の異称なので、それも問題ない。
 大乗訳2行目「ジユー ロース ロイル ダークは変わり」 *2 は誤訳と誤植が渾然となっていて不適切。
 山根訳3行目「馬の飢えが満たされるとき」の「馬」は誤訳。大乗訳は「ラバ」になっていて正しい。
 山根訳4行目「艦隊はばらばらに飛び散り 屍体が血の海を泳ぐ」は、若干意訳しすぎにも思える。少なくとも「血と体」は原文では並列的。大乗訳4行目「船隊は追い散らされ 血と肉があふれるだろう」は意訳としては許容範囲内だろう。

信奉者側の見解

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは近未来の中近東情勢としていた *3エリカ・チータムセルジュ・ユタンヘンリー・C・ロバーツらはいずれも時期も具体的な事件もほとんど明記しない漠然とした説明しか付けていない。

同時代的な視点

 2行目のガンジス川からテージョ川というのは、不自然なほどに範囲が広いようだが、当時のユーラシア大陸の認識としてはおかしなものではなかったのである。実際、当時クマエのシビュラの託宣として流布していた予言に、次のような詩句があった。

 "これらの石は向きを換え、それらの文字は真っ直ぐに、また正しい順序になるだろう。
 そのとき、東方よ、あなたは西方の富を目にするであろう。
 ガンジス、インダス、またテージョは、見るも素晴らしい光景となるだろう。
 何となれば、それぞれ互いに、その富を交換するであろうから" *4

 この詩句は(改竄されたバージョンも含めて)バスコ・ダ・ガマのカリカット到達をはじめとするポルトガルとインドの結び付きを予言したものとして、当時しばしば引用されていた *5

 そして、ノストラダムスはこの詩句を間違いなく知っていた。なぜならば『ガレノスの釈義』(1557年)に掲載したラ・ガルド男爵あての献辞の中で、この詩句を引用しているからである。ブランダムールはこのことを根拠に、この詩も百詩篇第2巻5番百詩篇第2巻59番と同じく、ラ・ガルド男爵を主題としている可能性を示している。

 当時フランスとオスマン帝国が同盟を結んでいたものの、1554年夏にはオスマン帝国が約束を違えることがあった(1行目)。3行目について、ブランダムールは雄ラバを「混血児」と読み替え、ラ・ガルドと結び付けている。後半2行はブランダムールも仮説的に示すのみだが、ラ・ガルドが違約にうんざりとすることで、オスマンの艦隊が悔いるようになることを指しているのではないかとしている *6 。ラメジャラーもこの読みを支持している *7
 実際には、フランスの親オスマン帝国の外交姿勢はこの後も続くことになる。


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