百詩篇第6巻98番


原文

Ruyné 1 aux Volsques 2 de 3 peur si fort terribles,
Leur grand 4 cité 5 taincte 6 , faict pestilent 7 :
Piller 8 Sol, Lune & violer leurs 9 temples 10 :
Et les 11 deux fleuues 12 rougir de sang coulant.

異文

(1) Ruyné : Ruyne 1590Ro 1627 1650Le 1668 1672
(2) Volsques : volsq^s 1557B, volsques 1590SJ
(3) de : ne 1627
(4) grand : grand' 1591BR 1597 1610
(5) cité : ciré 1627, Cité 1672
(6) taincte : traincte 1840
(7) pestilent : postilent 1716
(8) Piller : Pillier 1557B 1590SJ
(9) leurs : leur 1672
(10) temples : Temples 1611B 1672 1772Ri
(11) Et les : Etles 1665
(12) fleuues : fleuue 1611B 1660, Fleuves 1672

(注記)1557Bの1行目の異文の ^ は q の直上の波線の代用。

校訂

 ピーター・ラメジャラーブリューノ・プテ=ジラールらは、Volsques を Volques と校訂している。

 なお、プテ=ジラールは1行目と3行目が韻を踏んでいないと指摘している。それについては、プテ=ジラール自身も含め、特に解決策を示したものはいないようである。

日本語訳

非常に強い恐怖によって、恐るべきウォルスキ人たちは荒らされる。
彼らの大いなる都市は染められる。悪疫のような行為、つまり
太陽と月を奪うこと、神殿を荒らすこと、
そして二つの川を流血で赤くすること(が行われる)。

訳について

 後半は2行目の「悪疫のような行為」の具体的内容を説明している。各行にできる限り訳文を対応させる都合上、若干不自然な形になった。

 山根訳1行目「ヴォルサイ族の滅亡 未曾有の恐怖戦慄」 *1 は、前置詞 de を無視していることと、terribles が複数形で Volsques にかかっているはずであることからすれば、少々不適切である。なお、ウォルスキ人とヴォルサイ族は同じ存在なので、それは訳語の揺れの範囲だが、山根訳の注釈「ヴォルサイ族は古代イタリアの民族で、南仏のラングドック地方に住んでいた」は明らかにウォルスキ人とウォルカエ人を混同しており、不適切である(エリカ・チータムの原注には「古代イタリアの民族で」というくだりがない)。

 大乗訳1行目「恐ろしい野蛮な行為で破滅がおこり」 *2 は、もとになったヘンリー・C・ロバーツの英訳で Volsques に Vandals という訳語があてられていることに従ったものであろうが、語学的根拠が全く不明な英訳であり、誤りであろう。

 なお、Volsques はウォルスキ人とウォルカエ人の2通りに訳されるが、当「大事典」では直訳である前者を採用した。また、2行目「彼らの大いなる都市は染められる」は直訳である。ジャン=ポール・クレベールは「汚される」と意訳している。

信奉者側の見解

 20世紀に入るまでに解釈していたのは、テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)だけのようである。少なくとも、ジャック・ド・ジャンバルタザール・ギノーD.D.テオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードの著書には載っていない。

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は、近未来に起こるローマ崩壊と解釈していた。第二次世界大戦で当たったわけではなく、1975年になっても、近未来のシナリオとして維持されていた *3
 アンドレ・ラモン(1943年)も、フォンブリュヌの解釈をほぼそのまま踏襲していた *4
 マックスの息子のジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは、1980年のベストセラーでは解釈していなかったが、2006年の著書では、近未来のローマ崩壊と解釈していた *5

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は、2つの川が流れる町である広島で原爆が投下されたことの予言とした *6 。この解釈は、日本では黒沼健によって紹介された *7

 五島勉は Volsques をヴァンダル族と理解した上で、ヨーロッパ人全体を表していると解釈すると同時に、ドイツ語のフォルクス(Volks,諸民族)と理解すれば人類全体を指すとも解釈している。その上で、この詩は1999年に極度の環境汚染や戦争などで、全ヨーロッパもしくは全世界は滅亡する予言と解釈した *8

 ヨーロッパと理解する読み方は加治木義博も展開している。彼はかつて1990年代に第3次欧州大戦が起こると主張していたが、この詩はその一環で、イタリアもしくはヨーロッパの戦後復興がうまくいかない中で共産主義勢力が台頭する予言 *9 、あるいは戦中にイスラム勢力の侵攻にさらされる一方、日本からの援助なども断たれて、ヨーロッパが破産する予言と解釈した *10

 飛鳥昭雄は、劇症化した溶連菌(溶血性連鎖球菌)感染症や、エボラ出血熱を引き合いに出した流れで解釈し、ヨーロッパの侵略(これが人によるものなのか病原菌による比喩なのか、明示されていない)と猛威を振るう疫病に関する詩とした *11
 この解釈を極端な方向にエスカレートさせたのが、歴史予言研究会のコンビニ本(2008年)で、「ヴォルスキという言葉を組み替えるとウイルスとなる」と主張し、エボラウイルスをはじめとする凶悪なウイルスが人類を滅亡に追い込むのではないかという解釈を展開した *12

懐疑的な見解

 最後のヴォルスキを並べ替えるとウイルスになるという説について、反論するのも馬鹿げているが、Volsques を並べ替えたところで virus になどならない。

同時代的な視点

 実証的な論者の間では、3行目の太陽と月が錬金術のシンボルの流用で、金と銀を意味しているという点に異論はない。つまり、どこかの大都市で流血を伴う大略奪が起こることが描かれているのである。
 ただし、その都市がどこかという点は、Volsquesをウォルスキ人ととるか、ウォルカエ人ととるかに左右される。

 前者の場合、彼らはローマの少し南に住んでいたことから、災難に遭う「大いなる都市」はローマと解釈できる。ジャン=ポール・クレベールは、同時代人にひどい蛮行として衝撃を与えた、カール5世による「ローマの掠奪」(サッコ・ディ・ローマ、1527年)がモデルになっていると理解した *13
 信奉者の中でもテオフィル・ド・ガランシエールはこれに近い解釈をしていた。彼は、ローマが過去にブルゴーニュ公、オランジュ大公、カール5世軍などにより度々掠奪されたことと関連付けていた *14

 エドガー・レオニピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースはウォルカエ人と理解して、「大いなる都市」をトゥールーズと解釈した。この場合、紀元前106年のカエピオによるトゥールーズの神殿での略奪行為がモデルになっていると理解することは容易で、百詩篇第8巻29番などとも関連付けることができる *15


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  • 中国によるチベット侵略と米国によるイラク侵略(2008)を予言。チベットの首都ラサをヴォルサイ族の都市として喩えている -- とある信奉者 (2010-07-24 10:59:13)
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