予兆詩第3番

予兆詩第3番(旧4番) 1555年2月について

原文

Près du Leman la frayeur sera grande
Par le conseil, cela ne peut faillir.
Le nouveau Roy fait aprester sa bande.
Le jeune meurt, faim, pœur fera saillir.

英訳版原文

Nere to Leuant the fayre shall be great,
By the counsayle that cannot fayle.
The nevv Kyng makes his bande ready.
The oldest died, hunger and feare shall fayle.

(注記)この原文は英訳版『1562年向けの占筮』における英訳である。非正規版での訳ということもあり訳の信頼性は疑問だが、同時代に出された資料的価値を考慮し、掲載しておく。
目を惹くのは、レマン湖(Leman)がレヴァント(Levant)、若者(le jeune)が最年長者(The oldest)になっている点である。

日本語訳

レマン湖のほとりで、恐怖が大きくなるだろう。
会議のせいで、それは衰えるはずがない。
新しい王は、配下の一群に準備させる。
若者は死ぬ。飢餓と恐怖が表面化するだろう。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは、1559年のカトー=カンブレジ条約と結び付けている。この条約によりアンリ2世とフェリペ2世のカトリック同士の対立が解消された結果、プロテスタントの牙城であったジュネーブ(未作成)は、攻撃にさらされるのではないかと恐れたからだという *1

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは、近未来に起こると想定していた第3次世界大戦におけるスイスの状況と解釈していた *2

 ピーター・ローリー(未作成)は近未来にスイスが永世中立国の立場を放棄し、EC(当時)に加盟することになる予言と解釈した *3

 ジョン・ホーグは、1555年2月に結成されるカトリック同盟を見通した上で、それがサヴォワ公と手を組んで、ジュネーヴに進軍する予言が書かれているものの外れたのではないかという可能性を示した *4

同時代的な視点

 「レマン湖の近く」が湖畔の都市ジュネーヴを指しているのはほぼ疑いのないところであろう。当時のジュネーヴはカルヴァン派の牙城であり、それに対して何かネガティヴな見通しを示しているらしいことが窺える。
 この詩が書かれたのは1554年前半期だったと推測されるため、ホーグがいうようにカトリック同盟が念頭に置かれていたのかは疑わしい。


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