百詩篇第8巻61番


原文

Iamais par le decouurement du iour
Ne paruiendra au signe sceptrifere 1
Que tous ses sieges 2 ne soyent en seiour 3 ,
Portant au coq 4 don du TAG 5 amifere 6 .

異文

sceptrifere : sceptifere 1600 1610 1649Xa 1716, septifere 1611B 1981EB, Sceptrifere 1672
ses sieges : les sieges 1600, ces sieges 1644 1981EB, Sieges 1672
seiour : se iour 1568A, ce iour 1611B 1981EB
coq : Coq 1627 1644 1650Ri 1672
don du TAG : don du TAO 1611, du TAC 1627, du Tac 1653 1665, don du TAC 1644 1650Ri 1716, don du Tag 1590Ro 1672, don du TAGE conj.(PB1993)
amifere 1568 1605 1628 1649Ca 1649Xa 1653 1665 1772Ri : a mifere 1590Ro, armifere 1597 1600 1603Mo 1610 1611 1627 1644 1650Ri 1650Le 1668 1716 1840 1981EB, a misere 1672, aurifere conj.(PB1993)

校訂

 TAG amifere は、TAGE aurifere と TAG armifere という2通りの校訂の可能性がある。当大事典では前者を採用し、以下の訳にも反映させているが、後者も文脈にそぐわないわけではない。
 なお、信奉者のジョセフ・サビノは TAQ となっている古版本があると主張しているが、調査の範囲では確認がとれない。

日本語訳

日光が露わになることで、決して
王杖を持つ印には辿りつけないだろう、
彼の攻囲がすべて安息しないことには。
黄金を産するテージョ川からの雄鶏への贈り物を携えつつも。

訳について

 山根訳は、採用されている異文や語注を踏まえた訳としては、一応許容されるものだろう。
 大乗訳1、2行目「その日の発見によってではなく / 彼は爵位を生むしるしを得て」 *1 は、2行目の ne が訳されていない。
 同4行目「あわれさのその日の贈り物としておん鳥にはこばれる」は、TAG をドイツ語のTag(日)と訳したものだが、不適切だろう(その訳はヘンリー・C・ロバーツの英訳を踏まえたものである)。

 当大事典の訳は、ピエール・ブランダムールの校訂を踏まえさせて頂いた。2行目の signe はあえて「しるし」と直訳したが、以下に見る読み方に従えば、占星術的な「サイン」、つまり「星座」の意味で理解すべきだろう。
 なお、siege を「攻囲」の意味にとるのもブランダムールに従ったものだが、「地位、(王や高位聖職者などの)椅子」などとも訳せる。ほか、便宜上「彼の」としたものは「彼女の」「それの」などを意味している可能性もある。

信奉者側の見解

 アナトール・ル・ペルチエは「ナポレオン的な皇帝」(un Empéreur napoléonien)に関する予言と解釈している。ナポレオンは当初、共和国の旗のもとにその目的を隠し、自身の地位が固まるまでは独裁的に権力を揮おうとする野心を露わにしなかったからである(ル・ペルチエは3行目の sieges を地位の意味にとっている)。そして、フランス国民(「雄鶏」)に戦いの熱狂(don du TAG armifere=彼の訳では「戦いに触れる贈り物」)をもたらしたことが4行目に予言されているとしている *2
 詩の読み方自体は異なるが、チャールズ・ウォードジョン・ホーグもナポレオンと関連付けていた *3

 1611年版などの異文に TAO とあることから、セルジュ・ユタンはこの単語を道教(Taoïsme)と結び付け、フランスと中国が軍事的な同盟を結ぶ予言と解釈した *4ボードワン・ボンセルジャンの改訂では、この詩は清=フランス戦争のあとの天津条約(1885年)で、旧ヴェトナムが名実ともにフランスの保護領に入ったことの予言という解釈に差し替えられている *5

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは、TAG をサウジアラビアの親フランス企業TAG のことと理解し、近未来に起こると想定していた戦争の中でフランスが解放される際に、この企業が果たす役割について予言したものと解釈していた *6

同時代的な視点

 ピエール・ブランダムールは、「王杖を持つ印」をケフェウス座と理解している。ケフェウス(ケーペウス)はアンドロメダの父に当たる王で、古来その星座を絵画化する時にはしばしば王杖を持つ人物として描かれてきたからである。そして、ブランダムールは秋になると日の出と入れ替わりにケフェウスが頭を下にして沈むとしている。まさにその説明は1、2行目にある「日光が露わになることで決して辿りつけない」に対応している。
 ブランダムールはこれを踏まえて、この詩は、秋に行われるいくつかの都市の攻囲とそれに関連する出来事の予言と解釈した *7
 ブランダムールの解釈は興味深い。ただ、ケフェウス座は北極星に近く、低緯度地域でないと沈むように見えないはずだが、ケフェウス座の見え方がどの地点(緯度)を基準としているのかが示されていない。

 また、彼はテージョ川についても特に解説していないが、ジャン=ポール・クレベールは、テージョ川がプリニウスの言及以来、砂金を産出する川として知られていたことを指摘している *8
 テージョ川(タホ川)はポルトガルかスペインの喩えであろうが、特定の歴史的モデルがある詩なのかどうかは不明である。

 ピーター・ラメジャラーは4行目の TAG amifere を TAG(= tagma) armifere(武装した軍団)と理解した上で、『ミラビリス・リベル』の予言と関連付け、天使教皇(天使的な牧者)をフランスに現れるであろう大君主が助ける、というモチーフが投影されていると捉えている *9

 エドガー・レオニはギーズ公に結び付けられる可能性に触れている *10

 マリニー・ローズは、4行目の don du TAG armifereを「戦争に関わるテージョの贈り物」と理解し、テージョ川沿岸の金属加工業で知られる都市トレドで作られた剣と推測している *11


コメントらん
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  • 彼の攻囲がすべて安息しないことにはを現人類の攻囲がすべて安息しないことにはと代えても意味が通る。 -- 名無しさん (2014-05-01 23:17:59)

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