百詩篇第9巻44番


原文

Migres 1 migre 2 de Genesue 3 trestous 4 ,
Saturne d'or en fer 5 se changera,
Le contre RAYPOZ 6 exterminera tous 7 ,
Auant l'a ruent 8 le ciel 9 signes 10 fera.

異文

(1) Migres : Migrés 1591BR 1597 1600 1603Mo 1610 1611 1627 1628 1630Ma 1649Ca 1650Ri 1668 1716 1772Ri 1791Ga 1792Du 1793Bo 1800Sa, Migrez 1644 1653 1665 1672
(2) migre : migres 1568I, migrés 1591BR 1597 1600 1603Mo 1605 1610 1611 1627 1628 1630Ma 1649Ca 1649Xa 1650Ri 1650Le 1668 1716 1772Ri 1791Ga 1792Du 1793Bo 1800Sa, migrez 1644 1653 1665 1672
(3) Genesue : Genefue 1590Ro 1591BR 1597 1603Mo 1605 1628 1649Ca 1649Xa 1792Du, Geneue 1600 1627 1630Ma 1644 1650Le 1650Ri 1653 1665 1668 1672, Genefve 1611 1716
(4) trestous : tretous 1672
(5) fer : Fer 1672
(6) RAYPOZ : Raypoz 1590Ro 1672, FAYPOZ 1600 1610 1627 1630Ma 1644 1650Ri 1653 1665, RAIPOZ 1800Sa
(7) exterminera tous : exterminera a tous 1792Du
(8) l'a ruent 1568 1772Ri 1791Ga 1793Bo 1800Sa : l'aduent 1590Ro 1591BR 1597 1600 1603Mo 1610 1611 1650Le 1650Ri 1653 1660 1665 1668 1672 1716, l'Aduent 1627 1630Ma 1644, l'aruent 1605 1628 1649Ca 1649Xa 1792Du, l'advant 1840
(9) ciel : Ciel 1605 1628 1649Xa 1668 1672 1716 1792Du 1793Bo 1800Sa
(10) signes : sigges 1611, signe 1644 1650Ri 1653 1665

(注記1)1791Ga は1791年ガリガン版、1792Du は1792年ヴァン・デュレン版、1793Bo は1793年ボネ兄弟版、1800Sa は1800年ノストラダムス出版社版。以下で触れる五島の主張の検討のために、あえて加えた。

校訂

 1行目の Migres migre は活用語尾が混在していて不自然である。後の時代の版に出てくるように、Migrez migrez で統一してしまうのが自然といえる。
 4行目の l'a ruent はフランス語として意味をなさない。ruent は ruer(投げる)の活用形と見ることも出来るが、直前に a を取るのは構文としてあり得ないためである。l'aruent としても、そのような単語は古語辞典の類にも見当たらない。
 後の版に登場する l'advent(l'avent)は「(一般的な)到来」または「待降節」などの意味で、すんなりと理解することができる。正当性に疑問もないではないが、この異文はピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールも支持している。

日本語訳

離れよ、一人残らずジュネーヴから離れよ。
黄金のサトゥルヌスは鉄に変わるだろう。
レポの反対が全てを滅ぼすだろう。
到来の前に、天が徴を示すだろう。

訳について

 この詩については、大乗訳、山根訳と並び、五島勉『ノストラダムスの大予言』シリーズの訳も大きな影響を及ぼしてきた。そこで、それも視野に入れつつ、訳語を検討してゆきたい。

 まず、五島訳1行目「逃げよ、逃げよ、すべてのジュネーヴから逃げだせ」 *1 は、多くの追随者を生んだ訳だが、全く支持できない。この場合の trestous は「皆」(tous)の強調表現であって、ジュネーヴにかかっているわけではない。
 また、五島は逃げ出せと「三回繰り返して警告している」 *2 というが、原文で「逃げ出せ」と訳せるのは2箇所の migrez だけである。「三回」とするのはヘンリー・C・ロバーツの英訳 Leave, leave, go forth out of Geneva, all *3 に影響されたものだろう。ちなみにそのロバーツ訳でも「全てのジュネーヴ」などとはなっていないことは見ての通りであり、海外の英訳や現代フランス語訳にはそういうものが見当たらない。

 大乗訳は3行目「可視光線の逆のものはすべて消え」 *4 が問題である。五島訳「巨大な光の反対のものがすべてを絶滅する」 *5 も似たような問題を抱えているが、これらはロバーツの英訳 The contrary of the positive ray shall exterminate all に引きずられたものである。しかし、RAYPOZ を Ray. pos. と分けて読むのは、信奉者、非信奉者を問わず全く支持されていない。五島訳にある「巨大な光」の「巨大な」に至っては、根拠がまったく分からない。

 山根訳は4行目前半を「突撃の前」と訳しているのが少々訳しすぎの感もありはするが、おおむね許容範囲内である。「突撃」という訳はエリカ・チータムの英訳を踏まえたものだが、チータムがそのように訳したのは Avant la ruée とでも読み替えたものか *6
 五島はこの場合の l'advent は「再臨」の意味だとするが、誰一人そのように訳していない。五島は欧米の研究者たちが真実を知っていて無視している結果だと主張するが、そうではなく、「再臨」という訳が語学的に支持しづらいだけのことである(adventを参照のこと)。
 なお、ノストラダムスは当時の暦書の中で advent を「待降節」の意味で使っているので、マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)ジャン=ポール・クレベールのように、「待降節の前に天は徴を示すだろう」と訳すことも可能である。

信奉者側の見解

 マックス・ド・フォンブリュヌは、1939年時点での近未来に起こるであろう戦争の一場面と解釈した *7 。後の改訂版でも未来の予言とする位置づけに変化はない *8 。近未来の戦争とするプロットは息子のジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌにも引き継がれたが、彼の場合1980年代にイランがスイスに侵攻する予言ということになっていた *9

 ロルフ・ボズウェルアンドレ・ラモンは、第一次世界大戦後のジュネーヴに国際連盟の本部が置かれていたことを踏まえ、ヒトラーによってその体制が破綻したことの予言と解釈した *10M.-P.エドゥアール(未作成)は解説らしい解説をつけていないが、第二次世界大戦期の文脈で扱っている *11

 ヘンリー・C・ロバーツは原子力時代到来の予言と解釈した *12 。この解釈は、日本でも黒沼健によって比較的早い段階で紹介されていた *13

 セルジュ・ユタンは「黄金が鉄に」をとりあげ、第二次世界大戦期に貨幣経済が混乱したことの予言とした。ボードワン・ボンセルジャンによる改訂版では、それに加えて、第三次世界大戦でジュネーヴが崩壊するという解釈が載せられている *14

 エリカ・チータムは後出の「同時代的な視点」の節で扱うカルヴァン派関連の解釈を、疑問符つきながら採用している *15

 以上のように、海外ではこの詩が全人類の存亡にかかわるというような解釈はなされてこなかったが、日本では五島勉によってかなり極端な位置づけが与えられることになった。
 彼は3行目に「全てを滅ぼす」とあることを強調して、それが全人類に関わる破滅的な出来事であると解釈し、恐怖の大王が登場する百詩篇第10巻72番とともに、1999年人類滅亡の鍵を握る詩だと繰り返し主張したのである。また、その際には1行目を「すべてのジュネーヴ」と訳すことによって、ジュネーヴに限定されていた予言を、国際的な都市全てを対象とするものへと転換させた *16
 『ノストラダムスの大予言・最終解答編』では、4行目の「ラドヴァン」(l'advent)が1568年版以降全ての版に見られる原文と説明した上で、「イエスの再臨」と解釈した *17 。そして、ジュネーヴを1998年に核保有の五大国が会議を開いた場所として、それに象徴される核兵器の時代から抜け出すように警告した詩だと解釈した *18

 21世紀になると、2007年に欧州原子核機構(CERN)がスイスとフランスの国境付近に建設した大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の実験で、光の反対のものであるブラックホールが生成され、悲劇に結びつく可能性があることを警告しているとする解釈が見られるようになった *19

懐疑的な視点

 五島が主張していた l'advent が1568年版以降全ての版に見られるとする主張は、上の異文欄からも明らかな通り、事実に反している。

 ブラックホール生成の解釈については、「光の反対のもの」という従来の不適切な訳に立脚しており、妥当性は疑問である。なお、ブラックホール生成が地球滅亡につながるという主張に対する懐疑的な見解としては、ナショナルジオグラフィックの記事「ブラックホール生成? LHCに懸念」(外部リンク)も参照のこと。

同時代的な視点

 歴史的な視点からは、カルヴァン派への警告とする解釈も提示されている。当時のジュネーヴはカルヴァン派の牙城であったからである。信奉者の中でもテオフィル・ド・ガランシエールなどは、カトリックのノストラダムスが、カルヴァン入市によってジュネーヴの黄金時代が鉄の時代に失墜すると警告したものであろうとする解釈を展開していた *20

 ガランシエールは Raypoz にコメントしていなかったが、現在では「RAYPOZの反対」は綴りをほぼ反対にした人名ゾピュラ(Zopyra)と見なされ、これを銘句に採り入れていたフェリペ2世と理解される *21

 2行目はヘシオドスの五時代の説話(神々の「黄金の時代」から現世の「鉄の時代」へと時代が衰えてきた、とするモチーフ)に基づいたものであろう。ウェルギリウスなどでも「サトゥルヌスの治世」は黄金時代の喩えとされる。要するに、カルヴァン派の理想はすぐに色褪せて世俗的な苦悩の中に埋没するといった意味であろう。

 まとめると、この詩はジュネーヴのカルヴァン派が衰退し、フェリペ2世によって駆逐される上に、それは天も前兆を示してくれる(=神意にかなう)ものだという描写と考えられる。ただし、そのような事件は実現しなかった。


コメントらん
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  • サン・バルテルミ虐殺事件とアンリ四世の暗殺、プロテスタント(カルヴァン派)への警告予言 -- とある信奉者 (2010-03-21 19:54:18)

  • ジュネーブはレマン湖の南西に位置にあって、ちょうど湾奥に位置している。入り江、湾奥から離れろという意味。 -- fk (2011-03-19 00:56:11)
  • 「黄金のサチュルヌ」は別名「七殺」とされる「艮の金神」。艮(うしとら)は北東の方位。 -- fk (2011-03-19 00:58:02)
  • サトゥルヌスはローマ神話における農業神なので、東北穀倉地帯への津波・原発からのダメージ、「みずほ」銀行のトラブルなども含意しているのかも知れない。 -- fk (2011-03-19 00:59:30)
  • RAYPOZ は、Ray(光線)と接尾語 -Pose(Exposed to Radiation. などExposeのそれ)で「曝す光」=放射能=福島第一原子力発電所。 -- fk (2011-03-19 01:02:33)
  • Raypoz = Positive Rayかも知れない。その反対は、Negative/Darkness. Le Contre RAYPOZは冥府の王Pluto=プルトニウムの謂いか。 -- fk (2011-03-30 17:49:09)

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