ラ・クロワ・デュ・メーヌ

  ラ・クロワ・デュ・メーヌ (ラ・クロワ・デュ・メーヌの領主フランソワ・グリュデ)(François Grudé, sieur de La Croix du Maine, 1552年-1592年)は、フランスの書誌学者。生涯を書誌研究に捧げたと言っても過言ではない人物であり、その記念碑的労作『ラ・クロワ・デュ・メーヌ殿の蔵書』(正式名後述)は、16世紀フランス文学に関する同時代の書誌研究として、今なお重要なものである。

生涯

 ラ・クロワ・デュ・メーヌは、1552年にル・マンで生まれた。彼は、フランス国内のみならず、国外の文献書誌をも収めた一大書誌の作成を企図した。そのために、多額の私財を投じて膨大な蔵書を揃えるとともに、フランス国内外の知識人たちに著書目録の送付を依頼した。その依頼文の送付先は1万人に及んだとも言われるが、ほとんど返事はなく、思うような成果には結びつかなかった。また、フランス国王アンリ3世には『あらゆる点が満たされている完璧な図書館を建てる為の素描あるいは計画』(パリ、1583年)を捧げたが、国王はさしたる関心を払わなかったという。

 それでも、ラ・クロワ・デュ・メーヌは調査研究を継続し、その成果を大著『ラ・クロワ・デュ・メーヌ殿の蔵書第1巻』(パリ、1584年)として公刊した。
 第1巻とあるが、彼は1592年にトゥールで狂信者によって暗殺されたため、続巻は存在しない。暗殺の原因は、プロテスタントとして秘密裏に講義を行っていると疑われたことであったという。

著書


ノストラダムス関連

 彼の記念碑的書誌『西暦500年以降現在に至るまでにフランス語で執筆したあらゆる著者たちの総目録であるところの、ラ・クロワ・デュ・メーヌ殿の蔵書第1巻』 には、当然ノストラダムスの項目も立っている。それについては、ラ・クロワ・デュ・メーヌによる書誌情報を参照のこと。


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