アンヌ・ド・ノートルダム (ノストラダムスの姪)

  アンヌ・ド・ノートルダム (Anne de Nostredame, 1554年5月29日 - 没年不明)は、アントワーヌ・ド・ノートルダムとロワーズ・ベルルの娘で、ノストラダムスの姪に当たる。

 1554年5月29日にプロヴァンス州サン=レミ(現サン=レミ=ド=プロヴァンス)に生まれた。アントワーヌの10人の子供(五男五女)の中では、次女(第五子)に当たる。

 1571年1月29日に結婚したが、結婚契約書の字が読みづらいらしく、夫の名前は疑問符つきでスプリ・ボワリエ(Sperit Boylier)もしくはスプリ・ベルリエ(Sperit Berlier)とされている *1

 なお、エドガール・ルロワは下に掲げるノストラダムスの娘や孫とも違う第4の「アンヌ・ド・ノートルダム」が16世紀末から17世紀初頭のサン=レミにいたとしているが、このノストラダムスの姪と同一人物なのではないかとも思える。
 というのは、ルロワが挙げている公証人バディナンク(Badinenc)の登記簿の1609年と1612年の記録では、そのアンヌ・ド・ノートルダムはエスプリ・ベルリエ(Esprit Berlier)の未亡人とされているからだ *2

 エスプリ・ベルリエと、結婚契約書の「スプリ・ベルリエ」の類似は偶然とも思えない。また、公証人バディナンク一族の登記簿には、アンヌの父アントワーヌの50年間(1547年-1597年)にわたる記録や妹ダマリーの結婚契約書、甥のローラン(未作成)ポール(未作成)の書類などが残されており *3 、この点からもバディナンクとアンヌの接点を想定することは容易である。

 仮にこの推測が正しいのなら、この人物は1612年までは生きていたことになる。

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