百詩篇第10巻72番


原文

L'an mil neuf cens nonante neuf 1 sept mois
Du ciel 2 viendra vn grand Roy deffraieur 3
Resusciter le grand Roy d'Angolmois 4 .
Auant apres 5 Mars 6 regner 7 par bon heur 8 .

異文

(1) nonante neuf : nonante-neuf 1649Xa, nonantesneuf 1689Ou
(2) ciel : Ciel 1649Xa 1672 1689Ou
(3) deffraieur 1568A 1568B : d'effraieur 1568C 1772Ri 1791Ga, d'effrayeur 1568I 1591BR 1597 1600 1603Mo 1605 1610 1611A 1628 1644 1649Ca 1649Xa 1650Le 1653 1668 1672 1716 1981EB, d'effrayeur?[sic.] 1611B 1792La, défrayeur 1627, d'éfrayeur 1630Ma, d'effrayent 1650Mo, deffrayeur 1689Ou
(4) Roy d'Angolmois : Roy Dangolmois 1568A 1590Ro, Roy d'Angoulmois 1603Mo 1605 1628 1649Xa 1649Ca 1650Le 1650Mo 1668 1689Ou, Royd'Angolmois 1611B, Roy d'Angonnois 1627, Roy d'Angoumois 1672, Rois d'Angolmois 1791Ga
(5) apres : à pres 1649Xa
(6) Mars : Mais 1650Mo
(7) regner : Regner 1672
(8) bon heur : bon-heur 1600 1603Mo 1610 1611A 1644 1649Xa 1650Mo 1650Ri 1653 1716 1772Ri, bonheur 1672 1689Ou 1791Ga 1792La 1981EB

(注記)1689Ou は1689年頃のジャン・ウルセル版に、1791Ga は1791年ジャック・ガリガン版に、1792La は1792年ランドリオ出版社版に見られる異文を示している。

校訂

 2行目 deffraieur については、d'effrayeur と読むことが長い間通説化してきた。ただし、20世紀末以降、ピーター・ラメジャラーのように deffraieur を支持する論者も現れるようになっている。

日本語訳

千九百九十九年、七か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
アングーモワの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく支配するために。

別訳

千九百九十九年、七か月、
その空(の下)から世話役の大王が来るだろう、
三月の前後に幸運にも君臨する(ところの)
アングーモワの大王を蘇らせるために。

(注記)この別訳は、ピーター・ラメジャラーの読み方をかなりの程度取り入れたものとなっている。

訳と読み方について

 この詩は日本では強く注目されてきたことから、読み方について、やや詳しく論じておく。

1行目

 1行目については五島勉『ノストラダムスの大予言』シリーズの影響からか、「1999年7の月」という訳が広く見られるが、適切なものではない。sept mois は「7ヶ月」を意味するごく普通の表現である。ピーター・ラメジャラーらはそう訳している *1高田勇伊藤進の「七つの月」 *2 という訳もこれに近い(ただし、高田らは解釈において7月と同一視している)。
 「7番目の月」(le septième mois)という訳は直訳ではないが、ジャン=ポール・クレベールらが採用しており、「7月」と同一視される。その立場の中には、当時はユリウス暦の時代だったことから、現在のグレゴリオ暦に換算する必要があると指摘する者もいる。その指摘に従うなら、1999年7月の範囲はグレゴリオ暦では1999年7月14日頃から1か月ほどを指していたことになる。
 エドガー・レオニは根拠を明示していないが、september と解釈した。クレベールは3月1日や復活祭を基準とする旧方式の暦(ルシヨン王令参照)に従った場合、7番目の月が9月になる可能性があることを示した(ただし、クレベール自身はその可能性を支持していない)。レオニの英訳がそのような立場に配慮したものなのか、語源的な一致から sept mois を9月に結びつけたのかは定かではない。

 なお、ノストラダムスは暦書や私信ではユリウス暦を用いており、「アンリ2世への手紙」第92節でも聖書年代の算定で太陽暦を用いていることを示唆している。
 信奉者側にはユリウス暦(ないしグレゴリオ暦)以外に、日本の旧暦(太陰太陽暦)やユダヤ暦を換算に取り入れようとする論者もいるが *3 、当然のことながら、実証的な論者でそのような立場を採用する者はいない。

2行目

 「空から deffraieur ないし effrayeur の大王が来るだろう」で、構文理解の上ではそれが最も自然である(「大王が空に起源を持つだろう」という訳も可能)。ただし、ピーター・ラメジャラーは、ノストラダムスが ciel (空)を生まれ故郷などの特定の地方の意味に使っている例があることを指摘し、その意味に訳している。特定の地方の意味に使われる例があること自体は、ピエール・ブランダムールも認めているが、この詩でもそれが当てはまるかどうかについては、今後の議論の深化を俟ちたいところである。

 さて、この行で最も問題になるのは大王を「恐怖の大王」と訳せるのかどうかで、deffraieur が本来の原文なら、「支払い役(世話役)の大王」という訳も導ける。ピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースは「世話役の大王」を採用しているが、ジャン=ポール・クレベールは「恐怖の大王」としている。マリニー・ローズdeffraieur が正しかろうと「恐怖」の意味を導けるとしている。
 とりあえず当「大事典」では「恐怖の大王」を主に採用するが、これは人口に膾炙していることに考慮したものであって、無条件に支持しているわけではない。

 なお、deffarieur はほぼ間違いなく名詞で、直前の roy (王) と名詞が連続することになる。英語と違い、フランス語では名詞を連ねて修飾させることは多くないが、古い表現の名残として、現在でさえ認められる場合がある *4

 ほかに、キリスト説などとの兼ね合いでは、「恐怖の大王」についているのが不定冠詞の un であることにも注意を喚起しておきたい。キリストや唯一神には普通、不定冠詞は使わない。現代の仏和辞典の中には un に「唯一の」といった意味を掲載しているものもあるが、それは名詞の後ろに付けるものであって、前に冠詞として付ける用法ではない *5

3行目

 「Angolmois の大王をよみがえらせるために」で、前の行の viendra と結びついていることは疑いない。問題は Angolmois (アンゴルモワ)が、わざわざそう訳さなければならない謎語なのかどうかということである。
 当時の綴りでは o と ou は交換可能で、実際にその種の表記のゆれは『予言集』にも頻出している。そして Angoulmois ならば、フランス国立図書館の目録で検索をかければ明らかな通り、ノストラダムスと全く関係のない文献でも複数の用例を確認でき、それらはいずれもアングーモワの事を指している。アングーモワがフランソワ1世の出身地ということもあり、実証的な論者の間では、 Angolmois がアングーモワを指すことはほとんど異論がない状況といえる
 なお、「アングレームの大王」と訳されることもある。アングーモワ地方がアングレームを中心都市としていることからすれば、間違いとは言い切れないだろうが、Angoumois は名詞としては「アングーモワ地方」、形容詞としては「アングレームの」を意味するので *6 、後者の意味ならば、d' は不要だろう。

 例外はレオニで「モンゴル人の大王を蘇らせる」と訳していた。断言はしかねるが、Angolmois を Mongol に関連するアナグラムと理解したのは、レオニが最初だった可能性すらある。信奉者たちにはいまだに引き継がれている読み方だが、実証主義的には事実上放棄されている読み方といえるだろう。

4行目

 時期設定が絡むからというせいもあるのだろうが、1行目に次いで4行目も読み方が幾通りにも分かれている。
 当「大事典」では主たる訳文では avant apres Mars で区切り、「マルスの前後に」と冒頭を訳したが、同様の読み方はクレベール、ローズ *7 、ラメジャラー、高田・伊藤らも採用しており、構文理解上は最も自然な区切り方といえるのではないだろうか。なお、前2人はマルスをこの場合「戦争」の隠喩とし、ラメジャラーは「三月」のこととしている (mars にはどちらの意味もある)。

 別の訳し方としては avant apres のみを独立させて、4行目を他の行と切り離して読むものがある。その場合、「(その)前後、マルスは幸運によって(運良く、首尾よく)統治する(だろう)」となる。この場合、regnerは regnera の語尾音省略などと見るべきなのだろう。エヴリット・ブライラーはこの読み方である *8 。前半律 (最初の4音節) の区切れ目を重視するならば、こちらの読みの方が妥当ということになる。

コメント

 この詩は特に日本では人類滅亡を意味する詩として取りざたされてきた。しかし、実際にはこの詩は16世紀から19世紀の間にはほとんど無視されているに等しく、解釈内容も必ずしも人類滅亡を意味するものではなかった。そのあたりの解釈史、および各論者の解釈内容については、姉妹サイト『ノストラダムス雑記帳』内のコンテンツ「恐怖の大王大集合!?第10巻72番解釈集」を参照していただきたい。

 2001年にアメリカ同時多発テロ事件が起こると、ノストラダムスの言う恐怖の大王とはその事件に他ならないとする解釈が、日本・海外を問わず見られるようになった。しかしながら、そのような時期のずれを正当化しうる論拠には乏しい。関連する点として、後述の「その他」の節も参照のこと。

 その後、マヤ暦などと絡めて2012年に人類滅亡があるのではという主張が話題になると、この詩の年1999年に13を足して2012年を導き出す珍解釈も日本では登場している。

 実証主義的には、16世紀以前の出来事にモデルを見出そうという試みが行われており、ピーター・ラメジャラーが提唱した1525年から1526年にかけてのフランス・神聖ローマ帝国情勢とする解釈が、英語圏では有力になってきている。それらの同時代的視点については、恐怖の大王の項目を参照のこと。

その他

 五島勉は『イスラムvs.アメリカ 「終わりなき戦い」の秘予言』以降、恐怖の大王を the great King of Terror と英訳したエリカ・チータムを評価し、従来そのように訳されていなかった「恐怖の大王」を、「テロの大王」とも解釈できる形で彼女が初めて訳したのは、2001年のテロ(Terror)を見通していたからだと重ねて主張している *9
 ここではチータム以前の英訳をいくつか引用しておこう。

 確かに Terror と訳すことが一般的だったわけではないが、エリカ・チータムの重要な参照元であるレイヴァーとレオニが一致して Terror としているのが目を引く。
 田窪勇人はチータムの英訳がレイヴァーの転用に過ぎないと指摘している *17 。実際、原文 un grand Roy ... の un が不定冠詞であるにもかかわらず、a でなく the で訳している論者はそう多くない。レイヴァーの転用と見るのが自然であろうし、レイヴァーやレオニの解釈をあちこちで流用しているのに、この詩に限って全く意識しなかったというのはまずありえないだろう。また、五島が一貫してチータムのこの詩の解釈を紹介しようとしていないことの不自然さも指摘しておきたい *18


コメントらん
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  • はじめまして、楽しく拝見させて頂いております。 -- のりへい (2010-01-11 05:12:39)
  • もしや2000年問題にエンジニア達が7ヶ月かどうかは不明ではありますが、奮闘し乗り切ったことなのではと感じてしまいました。 -- のりへい (2010-01-11 05:14:44)
  • 当時コンピュータが誤作動、ミサイル等が誤発射していたらぞっとします。すみません、改行しようとしたら3つもの書き込みになってしまいました。もうしわけございません。 -- のりへい (2010-01-11 05:20:14)
  • 詳しくは話せませんが、1990年の京都に「恐怖の大王」が現れていた事を確認しています。1999年ではなく、1990年という訳は出来ないのでしょうか??1990年と9年7カ月とか・・・なんとか、かんとか -- ちゃまお (2010-03-29 19:17:12)
  • 基本的に独自解釈の類にコメントはつけないのですが、質問が混じっているのでコメントしておきます。「1990年という訳は出来ないのでしょうか??」構文上は不可能です。暗号で書かれていて云々という立場はあるのかもしれませんが、そういう立場は基本的に何でもありでしょうから。 -- sumaru (2010-03-29 22:46:56)
  • 中国の台頭とそれを抑止するフランソワ一世を思いこさせるフランス人指導者の出現を予言。世界中で嫌悪されてる独裁中国は人類全体にとって脅威であり、この予言が成就するのも時間の問題。 -- とある信奉者 (2010-08-09 02:02:26)
  • アンゴルモアはやはり中国を意味している。現実はこのことを強固なものにしている。 -- とある信奉者 (2010-09-25 22:33:16)
  • September は、Sept=7 の月。 シーザー と アウグストスが自分の名前を割り込ませて月の名前がずれた。(July=ユリウス、August=アウグストス) -- 7の月 (2010-10-11 11:44:24)
  • フランスやイタリアなどの中国移民が現地のルールに従わず、多数が殺される事件が発生し、中国政府が欧州に軍事侵攻する。ドサクサに日本にも侵攻。って妄想してみる。こう言っては何だが、本当に妄想で終わって欲しい。 -- とある信奉者 (2010-11-27 00:29:23)
  • sept mois は 七、月ですよね。私の専門の15世紀後半のイタリアの観点だと、正月は3月に始まるので、七、月は文字どおりsettembreつまりseptembre、つまり今でいうところの九月になる場合もあるのですが、この件に関してそのような解釈史はないのでしょうか。カトリック圏において3月から新年というのはメジャーだと思うのですが。 -- VERONICA (2011-03-21 09:36:55)
  • VERONICA さんへ。確かに3月を起点にして、9月や10月を導き出す解釈は見られます(20世紀のムズレット、フォアマン、レオニ、シュロッセなど)。そのあたりは上でリンクを貼っている姉妹サイトのコンテンツに詳しく書いたので、上の説明では省いています。ただ、確かに要約的に上でも触れたほうがよいのかもしれませんね。 -- sumaru (2011-03-21 11:30:52)
  • と上では書きましたが、改めて外部リンク先を読み直してみると、必ずしも旧式の新年を基準にして9月や10月を導いているとは限らない解釈も混じっているので、本文はひとまずレオニについて一言加えるにとどめます。 -- sumaru (2011-03-21 14:33:43)
  • 早々のご返答に感動しております。やはり何人かいらっしゃるのですね。長年の疑問が解けました。姉妹サイトさんの解釈集に行ってみましたが開けなかったので、もう一件質問を。un Roy と le Roi について。un と le では大きな違いがあると思うのですが、翻訳、解釈においてこの点はどの程度の重要な問題としてとらえられているのでしょうか。私などは le Royとなっているからこそアングーモアの大王、すなわちシャルル1世で納得するのですが。 -- VERONICA (2011-03-21 17:42:38)
  • 私個人としてはその違いは重要だと考えていますし、姉妹サイトの「志水氏への突っ込み」でもそれに触れたことがあります。ですが、国内、海外問わず、その辺に言及している論者というのはちょっと思い当たりません。ちなみに姉妹サイトのページが開けないとのことですので、従来のページから画像のリンクを省いたバージョンをアップしてみました(http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/sonota/1072b.htm)。あまり変わらないかもしれませんが。 -- sumaru (2011-03-22 22:17:38)
  • 紀元元年12月25日キリストの誕生日とされる日から1999年と7ヶ月経った日は、2001年7月24日となります。これを新暦に直すと2001年9月11日です。預言は1日の狂いもなく成就されたのです。諸説に惑わされることなく未来を預言に問いましょう。 -- 666の獣 (2011-03-25 09:15:29)
  • (上記、666の獣さんのコメントから派生した、666の獣さんとsumaruのやり取りについては、予告どおり掲示板の方に転記しました。sumaru 2011.04.04)
  • 2011年3月16日のブログエントリで予告していた通り、今回の大震災に関連して未来予測を行っていると思われるコメントを1件削除しました。sumaru)
  • アンゴルモア(Angolmois)はアラモゴード (Alamogordo) のアナグラムか。 -- fk (2011-05-31 11:15:47)
  • これって、1999年に公開されたドラえもんの映画の話じゃ・・・敵の名前はアンゴルモアだし、のび太は六星占術だと火星(マルス)だし -- dora (2011-06-09 23:16:59)
  • L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois は「新たな1990年の7ヶ月間」と訳せないのでしょうか? -- l'homme neuf (2011-11-13 14:42:20)
  • l'homme neuf さんへ。2つ目の neuf が l'an を形容していると解釈するにしても、あまりにも不自然だと思います。 -- sumaru (2011-11-13 19:34:10)
  • 1999年に生まれた者が関わって、天孫降臨神話を持つ我が国が中心となって、NATOのような対中アジア連合軍が成立し、中国に恐れられる予言かも。同時に、フランスでは文芸が没落するほどの非常事態になっているが故に、文芸を再興するフランソワ一世のような指導者が現れている、そして、中国人移民に苦しむフランスの彼は、日本を褒め称えるということかも。 現在は、『ル モンド』紙をはじめ、フランスメディアは左翼的傾向だ。 -- とある信奉者 (2013-02-24 22:11:09)
  • 中心点からの展開で結びつく詩篇 以下の詩篇は第6章9篇を中心点とした場合の組み合わせとなります。 参考までにお知らせいたします。 第10巻詩篇72(972) 千九百九十九年、七か月、 空から恐怖の大王が来るだろう、 アングーモワの大王を蘇らせ、 マルスの前後に首尾よく支配するために。 第1巻詩篇46(046) オーシュ、レクトゥール、ミランドの至近で、 三夜に渡って天から大火が降るだろう。 まさに呆然・驚倒すべき事件がおきるだろう。 すぐ後に大地が震えるだろう。 またなにかわかりましたらご報告いたします。 -- 〇十sun(010203) (2013-07-20 14:17:55)
  • L'an mil neuf censは1900年 nonante neuf sept mois は90と7ヶ月間とすると8年となって1908年の大恐慌のこと? -- 異端者 (2013-12-15 17:27:41)
  • 異端者さんへ。それは違います。『なるほど! フランス語講座』、『一ヶ月で覚えるフランス語』などを読まれてはいかがと存じます。中学英語もろくに理解していない自分でも理解できましたから。 -- とある信奉者 (2013-12-28 12:30:31)

  • 恐怖、審判き主(神、イエス、イエスの代身)では? -- たかし (2016-03-05 02:02:53)
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