ノストラダムスの甥

  ノストラダムスの甥 は、ノストラダムスの弟や妹の子供(男子)のこと。史料的に裏付けられる範囲では7人が確認できるが、いずれも特筆されるような業績は残していない。

 しかし、16世紀半ばから17世紀初頭の偽ノストラダムスたちは、しばしば権威付けに「ノストラダムスの甥」と名乗った。ジャン・ド・ノートルダムはこのような風潮に対し、知人宛の手紙の中で、ノストラダムスの縁者であるかのように騙る占星術師たちはいずれも偽者であると断じている。

 「ノストラダムスの甥」という名称はその後途絶えていたが、19世紀になると、暦書の名義として使われるようになった。『ノストラダムスの甥による1849年向けの絵入りの有用な予言暦』(Almanach Prophétique, Pittoresque et Utile pour 1849, Publié par neveu de Nostradamus(未作成))がそれである。もともとこの暦書は「『ノストラダムス』の著者」(l’auteur de Nostradamus)という名義で始まったものだった。ここでいう『ノストラダムス』とは、1840年に出版された著書の名前であり、つまり「『ノストラダムス』の著者」とは、ウジェーヌ・バレストのペンネームに過ぎなかった。
 しかし、1849年向けから、「ノストラダムスの甥」という名義に変更された *1 。なぜノストラダムス本人の死後300年近くあとに「甥」などという名義を使用したのか定かではない。ちなみに、バレストやその仲間でノストラダムス家の末裔と見なされているものは当然いない。

実在したノストラダムスの甥


甥を名乗った偽者



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