アントワーヌ・ウイック

  アントワーヌ・ウイック (Antoine Houic)は、16世紀パリの出版業者(活動期間 1566年-1585年)。未亡人マドレーヌ・ベルトランと結婚(初婚または再婚)し、マドレーヌの前夫チボー・ベソーの出版事業と「ゾウ」の旗印を引き継いだ。

 1585年に引退し、その後はパリ盲人院の会計係(procureur et receveur)となった。出版事業は娘マリーの婿でチボー・ベソーの息子でもあるジャン・ベソーに引き継がれた。

 アントワーヌ・ウイックは1588年11月20日に薬剤師ジャン・プレオーの未亡人ジェルメーヌ・ド・バル(Germaine de Bar)と再婚(または三婚)し、少なくとも1597年までは生きていたことが確認できる *1

ノストラダムス関連

ノストラダムスの著書を出版したことはなかったようである。その代わり、自称「ノストラダムスの弟子」フロラン・ド・クローの暦書を出版していた。現存または伝聞によって確認できるのは、1570年向け、1583年向け、1586年向けだけだが、それ以外の年にも出版していた可能性はある。

 事業を引き継いだジャン・ベソーはノストラダムス関連書の出版はしなかったようである。
 結果として、「ゾウ」の旗印を引き継いだ出版業者(バルブ・ルニョーチボー・ベソー、アントワーヌ・ウイック)は、誰一人として正規の関連書を出版しなかったことになる。


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