百詩篇第1巻48番


原文

Vingt 1 ans du regne 2 de la lune 3 passés
Sept mil 4 ans autre tiendra sa monarchie 5 :
Quand le soleil 6 prendra ses iours lassés 7
Lors accomplir 8 & mine 9 ma prophetie 10 .

異文

(1) Vingt : Ving 1772Ri
(2) regne : Regne 1672Ga
(3) lune 1555 1612Me 1653AB 1665Ba 1840 : Lune T.A.Eds.
(4) sept mil : sept mille 1605sn 1611A 1611B 1628dR 1981EB, sept-mille 1649Xa
(5) monarchie : Monarchie 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668 1672Ga 1716PR
(6) soleil 1555 1588-89 1605sn 1627Ma 1627Di 1628dR 1649Xa 1653AB 1665Ba 1840 : Soleil T.A.Eds.
(7) lassés : laissez 1672Ga
(8) accomplir : accomplit 1557U 1557B 1568 1588-89 1589PV 1590Ro 1590SJ 1612Me 1649Ca 1650Le 1668 1672Ga 1772Ri
(9) & mine : & fine 1672Ga
(10) prophetie : Prophetie 1672Ga

校訂

 2行目の読み方が最大の論点になるだろう。日本であれほど騒がれた「別のもの」(autre) が、ピエール・ブランダムールの校訂では outre となっていて、消えているからだ。autre を outre にするのは大胆だが、四行詩の各行は前半律(最初の4音節)と後半律(残り6音節)で意味が区切れることがしばしばなので、十分に説得的である。ブリューノ・プテ=ジラールはこれを支持しているが、ピーター・ラメジャラーロジェ・プレヴォのように採用しない者もいる。

 4行目 accomplir & mine についても、そのままでは少々不自然なため、ブランダムールはs’accomplir & miner とし、エヴリット・ブライラーはaccompli termine と校訂している。ブランダムールの読みの方が自然だろう。

日本語訳

月の支配の二十年が過ぎた。
七千年をこえて、その君主政を保つだろう。
太陽が残された日々を受け取るであろう時に、
私の予言は成就し、終わる。

訳について

 2行目はブランダムールの校訂を踏まえた。原文どおりなら、もちろん「七千年(に)、別の者が君主制を保つだろう」という訳になる。
 大乗訳2行目「他のものが七〇〇〇年に王国をきずくだろう」 *1 は、ほとんど逐語訳に近いロバーツの英訳(Seven thousand years another shall hold his monarchy *2 )と見比べても、不正確なことが明らかである。

 3行目は直訳すれば「太陽が疲れた日々を受け取るであろう時に」である。ブランダムールの釈義に従い、lassés を laissés と同一視して訳した。大乗訳3行目「太陽が記された日々をつかんだとき」は、「記された」がどこから出てきたのか不明。山根訳3行目「疲れきった太陽が軌道をめぐりはじめれば」は、意訳にしても元の文意から離れすぎではないか。

 山根訳4行目「そのとき我が予言と脅威は成就するだろう」は誤訳。mineには「脅かす」の意味はあるが、この詩については、そうした読み方は支持されていない。なお、山根訳はもとになったエリカ・チータムの英訳を忠実に訳したもので、誤訳の原因は明らかに底本にある。
 細かな語法上の問題を追記しておくと、ブランダムールの校訂ならば、s'accomplir et miner となっており、miner に se はついていないが、中期フランス語では代名動詞が続く場合、se はひとつにまとめられるのが普通だった *3

信奉者側の見解

 4行目が解釈の余地のない「終わり」のため、年代的にはノストラダムスの最後の予言と位置づけられる。

 五島は「月」をヨーロッパ文明、「二十年」を「20世紀」、「七千年」を「西暦1999年頃」、「太陽」を日本、「別のもの」を恐怖の大王を克服する何かとし、ヨーロッパ文明が20世紀末に行き詰った結果、日本から何らかの救いが生まれる可能性があると解釈した。
 この「別のもの」説は、海外では全く見られない特殊な読み方なのだが、日本では、(特に新興宗教やオカルト的な実践団体において)自分たちこそ世界を救う「別のもの」だという認識が広まる原因になった。

 海外の見解もいくつか挙げておく。
 テオフィル・ド・ガランシエールは、世界の終わりに言及したものだと簡潔に注記している *4

 ヘンリー・C・ロバーツは、西暦7000年に太陽が地球を壊す予言としており、五島勉も『ノストラダムスの大予言』初巻の時点では、こうした読み方を支持していた。

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは、1999年までにフランスの第五共和政が崩壊し、別の君主政体が打ち立てられる予言と解釈していた *5

同時代的な視点

 実証的な立場では、この詩がリシャール・ルーサの『諸時代の状態と変転の書』の史観を下敷きにしたものであることに異論がない。ルーサは、アブラハム・イブン・エズラ(未作成)の説などに基づき、7つの天体(土星、木星、火星、金星、水星、月、太陽)が天地創造以来の時代を順に支配し、各支配期間は354年4ヶ月(未作成)であるとしていた。

 この史観では月の3巡目の支配の始まりは天地創造から6732年4ヶ月目となり、これはルーサの想定では西暦1533年に当たるとされた。つまり、ノストラダムスがこの詩を書いた時期(1555年頃)は、まさに「月の支配の20年が過ぎた」時期だったのである。

 2行目以降は、月の支配が7086年8ヶ月目(西暦1887年)まで続いてから太陽の支配に引き継がれ、その支配の終わる時(西暦2242年)に自分の予言も終わる、という意味である *6 。なお、2行目については「別のもの」(autre)を「こえて」(outre)の誤植とみなして「7000年をこえて(7086年まで月が)統治する」と読む論者と、そのまま「7086年(約7000年)から別のもの(=太陽)が統治する」と読む論者とがいるが、全体の文意は変わらない。

 西暦2242年で自分の予言が終わるとする主張は、セザールへの手紙で自分の予言の範囲を3797年までとしていることと矛盾するが、この点については実証的な立場の論者の間でも明確な統一見解は存在しない。
 ラメジャラーはその差が1555年になるのは作為的なものだと見ている。そうした視点に立つならば、ノストラダムスの真の予言の範囲は西暦2242年までで、「西暦3797年」としたのは長く見せようとしたダミーの年代ということになるだろう。


コメントらん
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  • 2240年代に日本から左翼・売国思想と放射能汚染が消え、天皇を中心とした保守的な神の国を取り戻す。 -- とある信奉者 (2011-06-21 18:24:17)
  • 七千年をこえて、その君主政を保つだろう。(別に現人類で無くても良い) -- 名無しさん (2014-04-25 18:57:30)


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