百詩篇第4巻29番

原文

Le sol 1 caché eclipse 2 par Mercure
Ne sera 3 mis que pour le ciel 4 second.
De Vulcan 5 Hermes sera faite 6 pasture 7 :
Sol sera veu pur 8 rutilant 9 & blond.

異文

(1) sol 1555 1605 1627 1628 1649Xa 1650Ri 1660 1840 : Sol T.A.Eds.
(2) eclipse : eclipsé 1628 1644 1653 1665 1672, ecclipsé 1649Ca 1650Le 1668A
(3) sera : seras 1600
(4) ciel : Ciel 1672
(5) Vulcan : Vlcan 1568 1590Ro 1605 1628 1649Xa, Vvlcan 1611B
(6) faite : faincte 1588Rf 1589Rg
(7) pasture : Pasture 1672
(8) pur : peur 1600 1610 1716, par 1668P
(9) rutilant : rutilane 1588Rf 1589Rg, rutilante 1589Me, rutiland 1600 1610 1644 1653 1665 1716

校訂

 1行目 eclipse は構文上 eclipsé となるべき。この点は、エドガー・レオニピエール・ブランダムールブリューノ・プテ=ジラールが一致している。そう直していないエヴリット・ブライラーピーター・ラメジャラーも eclipsed と英訳している。

日本語訳

太陽は水星に隠され蝕となり、
第二天としか思われないだろう。
ヘルメスウォルカヌスの食い物にされると、
太陽は純粋に輝く金色に見えるだろう。

訳について

 山根訳2行目「ほんの一瞬 天に安置されよう」 *1 は、誤訳。「ほんの一瞬」の根拠は不明だが、second(第二の)を seconde(秒)と読んだものか。いずれにせよ、ne...que( -しかない)の構文が訳されていないことも含め、不適切。同じような問題点は大乗訳2行目「置かれるところなく 第二の天のため」 *2 についても指摘できる。
 なお、当「大事典」では、mettre...pour を prendre...pour(~と取り違える、見間違える)と現代語訳したブランダムールの読み方を踏まえている。

 山根訳3行目は構文上の問題はないが、Hermes を「ヘルメーナ」と表記しているのは疑問。大乗訳3行目「ヘルメス神はバルカン神に祈りをするだろう」は誤訳。pasture(pâture, 食物、餌食)を pasteur(牧師)と読み替えた上で少々強引に訳したものと思われる。この訳は、テオフィル・ド・ガランシエールヘンリー・C・ロバーツの不適切な英訳をそのまま引き継いだものである。

信奉者側の見解

 この詩は前の百詩篇第4巻28番とともに、錬金術的な詩と捉えられることが多かった。
ガランシエールは「太陽」を金、「第二天」を炉と捉え(根拠不明)、万能薬(elixir)などと関連付けていた。この解釈はヘンリー・C・ロバーツも引き継いだ。
 エリカ・チータムは賢者の石と関連付けていた。ほかにセルジュ・ユタンなども錬金術的な詩と解釈していた *3

 五島勉は、日本(「太陽」)がハイテク産業(「メルクリウス」)以外は苦境におかれ、アメリカ(「ウォルカヌス」)の食い物にされた後、光に関連する新技術によって日本が飛躍的に上昇する予言と解釈した *4

同時代的な視点

 「第二天」は天動説において水星が存在すると考えられていた天球である。水星を意味する原語 Mercure はメルクリウスを指すと同時に、一般名詞としては水銀の意味になる。
 ブランダムールは、「水星」「第二天」「ヘルメス」は、いずれも水銀を意味しているとし、「太陽」は金、「ウォルカヌス」は火としている。この読み方は、プテ=ジラールが支持し、ラメジャラーも疑問符つきながら受け入れている。
 それを踏まえて置き換えると、この詩は「黄金は水銀に隠され、水銀としか見えないだろう。水銀が火に食われると、黄金は純粋に輝く」といった意味になるだろう。この結果、彼らはこの詩を錬金術と関連付けている。

 彼らは詳述していないが、仮にブランダムールのように読むのが正しいのなら、この詩はアマルガム法による金メッキの様子とよく似ている。

 アマルガム法(混汞法)は、古代広く用いられたメッキ法で、金と水銀のアマルガムを使う。金アマルガムは銀色をしており、あたかも金が消えてしまったかのように見えることから、日本ではかつて「滅金」(めつきん)と呼ばれた(これが「メッキ」の語源である)。
 金アマルガムを対象物に塗った後、火などによって加熱してやると、水銀は蒸発し、金のみが表面に残る。これがアマルガム法による金メッキで、日本では東大寺の大仏でこの手法がとられたことでも有名である。
 金を含む鉱物から純金を取り出すときにも、この手法が用いられたことがある。

 改めて詩と見比べてみよう。金アマルガムは金が水銀に隠されたように見え(1行目)、水銀しか残っていないかのようである(2行目)。それを加熱してやると(3行目)、純金のみが残る(4行目)。詩の描写は、アマルガム法とうまく対応しているといえるのではないだろうか。

 なお、こうした錬金術的(化学的)な読み方とは全く異なる解釈も提示されている。ジャン=ポール・クレベールは、直前の詩とともに、「セザールへの手紙」に見られる以下のくだりとよく似ていることを指摘している。

「隠秘哲学が排斥されている以上、たとえ長い間隠されていた何巻かの文献が私の手許にあったとしても、私はその度の外れた教えを提示したいとは思わなかった。しかし私はそれがもたらすものに憂えて、読んだ後にウォルカヌスに捧げたのである。それらが燃え尽きるまでに、空気をなめる炎は自然の炎よりも明るく、あたかも稲妻の輝きのような異常な明るさを放ち、突然に家を照らし、まるで大火災が起こったかのごとくであった。
おまえがいずれ月や太陽の全き変化の研究であるとか、地中や伏流の朽ちない金属の研究などに惑わされないようにと、私はそれらの文献を灰にしたのである。」(第28節・第29節)

 「ヘルメス」をヘルメス主義の文献と理解すれば、それをウォルカヌスに捧げた(=燃やした)とする表現は、確かにこの詩に似ていると見えないこともない。


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  • 前半は人々が科学(武器)を優先し精神性を2番目に置くこと、そして2016/5/9の水星日面通過を示します。後半はヘルメス(科学)がウルカヌス(武器)に使われて破綻し、人々が精神的熟成を求める時代へ向かう事を示します。聖書に記されているように、人々が武器を頼りにした結果後悔し、精神性を求める時代へと変化することを示しています。 -- れもん (2016-03-31 10:59:57)
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