百詩篇第3巻94番

原文

De cinq cent 1 ans plus compte 2 lon 3 tiendra
Celuy qu'estoit l'ornement 4 de son temps :
Puis à vn coup 5 grande clarté donrra 6
Que par ce 7 siecle 8 les rendra trescontens 9 .

異文

(1) cent 1555 1627 1840 : cens T.A.Eds.
(2) compte : contre 1588-89, conte 1644 1653 1665
(3) lon 1555 1557U 1568A 1590Ro 1597 1600 1610 1611 1840 : l'on T.A.Eds. (sauf on 1557B, long 1589PV, ne 1668P)
(4) l'ornement : l'aornement 1557U 1557B 1568A 1568B 1568C 1588Rf 1589PV 1590Ro 1597
(5) à vn coup : a vn coup 1588Rf 1649Xa 1672
(6) donrra 1555 1649Ca 1650Le 1650Ri 1668 1840 : donra T.A.Eds. (sauf dourra 1557B 1589PV, donta 1597, donnera 1772Ri)
(7) ce : se 1590Ro
(8) siecle : ciecle 1649Xa, Siecle 1672
(9) trescontens : tres contens 1649Xa 1660, tres-contens 1644 1653 1665 1672 1716

日本語訳

五百年にわたり、人々はもはや省みなくなるだろう、
かの時代の誉れであったその人を。
そして突然に彼が大いなる光をもたらし、
その世紀を通じて人々を非常に満足させるだろう。

訳について

 1行目はピエール・ブランダムールの読み方に従って、ne を補って訳している(1668Pの異文は、そういう意味では的外れなものではない)。
 後半は「そして突然、大いなる光が与えるだろう、/その世紀を通じて人々を非常に満足させるものを」とも訳せるが、ここではブランダムールやエヴリット・ブライラーの読み方を土台にした。

 山根訳は、1行目「五百年以上を経て世人は気づくだろう」 *1 について、De を「~を経て」と訳すのが強引に思える。また、3行目「光」(clarté)を「啓示」と訳すのも議論のあるところだろう。それ以外は特に問題ない。
 大乗訳の前半「五〇〇年間くらいか はっきりかぞえられないが/彼の時代を飾るようなこと」 *2 は、誤訳。元になったヘンリー・C・ロバーツの英訳 For five hundred years no account shall be made / Of him who was the ornament of his time. *3 は、make no account of(~を軽んじる)を意識すれば読み間違えないだろう。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは「単語も意味も平易」とだけ注記している *4

 ヘンリー・C・ロバーツはフランシス・ベーコン(1561年-1620年)の再評価と解釈していたが、のちの改訂版では、ノストラダムス本人についての予言で、2055年(『予言集』初版刊行500周年)にその予言が全て成就することとする解釈に差し替えられている *5

 エリカ・チータムも似たようなもので、ノストラダムスの作品が啓示の源泉として、500年以上にわたり利用されることになる予言で、現在進行中の予言としていた *6

 加治木義博は冒頭を「五つもの世紀を数えて」と訳すことで、ノストラダムスの時代から5世紀目に当たる1990年に自分の発見した解釈法が知られることで、ノストラダムスが正当に評価されることになることの予言で、すでに的中したとしていた *7

 セルジュ・ユタンは、フランス革命によって旧制度が崩壊したことの予言とした *8

同時代的な視点

 懐疑論者のエドガー・レオニやエヴリット・ブライラーも、ノストラダムス自身についての予言である可能性を認めている *9
 確かに、ノストラダムスは『1557年向けの暦』や、「アンリ2世への手紙」の中で、自身の死後の名声について、強い執着を見せている(トリノの碑文も参照のこと)。そのノストラダムスが死後500年後に再評価されるという期待を表明することはありうるのかもしれない。

 全く異なる解釈として、ロジェ・プレヴォは、フリードリヒ2世(1197年-1250年)を想定している。彼は神聖ローマ皇帝、両シチリア王、イェルサレム王などとして君臨し、当時は千年王国を実現する終末の皇帝になると期待する予言文書の類も出回っていた *10
 プレヴォによれば、16世紀にはフリードリヒの再来を期待する者たちによって、再び議論に上っていたという *11
 ノストラダムスが中世の予言的伝統の影響を強く受けていたのは事実であろうし、500年には少々足りない点を除けば可能性は確かにあるだろうが、詩があまりにも漠然としている分、特定しきるのには躊躇せざるを得ない。


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