百詩篇第4巻54番


原文

Du nom qui onques 1 ne fut au roy 2 Gaulois 3 ,
Iamais ne fut 4 vn fouldre 5 si craintif:
Tremblant l'Italie 6 , l'Espaigne 7 & les Anglois,
De femme 8 estrangiers 9 grandement attentif.

異文

(1) onques : onque 1600 1610 1627 1630Ma 1716, onc 1672
(2) roy 1557U 1589PV : Roy T.A.Eds.
(3) Gaulois : gaulois 1557B 1981EB
(4) fut : fust 1649Ca
(5) fouldre : Foudre 1672
(6) l'Italie : l'Itale 1627 1630Ma 1644 1650Ri 1653 1665 1840
(7) Espaigne 1557U 1568 1590Ro 1589PV 1591BR 1597 1611 1772 Ri : Espagne T.A.Eds.
(8) femme : femmes 1588-89 1611B 1672
(9) estrangiers : estranges 1588-89 1611B 1981EB, estrangere 1590SJ, estrangers 1590Ro 1649Ca 1649Xa, estrange 1627 1630Ma 1644 1650Le 1650Ri 1653 1665 1668 1712Guy 1840, etrangeres 1672

校訂

 De femme estrangiersは明らかに名詞と形容詞で単複が一致していない。エヴリット・ブライラーは De femme estrange (異国の女性について)と読み、ブリューノ・プテ=ジラールはDe femmes estranges と複数形に揃えている。ピーター・ラメジャラーは De femmes étrangères と d'une femme étrangère の両論併記にしつつも、英訳は複数形で訳している *1リチャード・シーバースも複数形で英訳している。

日本語訳

ガリアの王にはかつてなかった名前により、
非常に恐ろしい未曾有の雷霆が。
イタリア、スペイン、イングランド人たちを震撼させつつも、
異国の女性たちには大いに丁重に。

訳について

 3行目の固有名詞はイタリア、スペインは地名で、イングランドだけは住民名になっている。
 4行目の女性については、とりあえず複数説を採った。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 2行目 「非常な恐れで光はささず」 *2 は誤訳。まず、foudre (雷) を「光」と意訳する必然性が不明である (ヘンリー・C・ロバーツの英訳にある lightning を誤訳したか?)。また、否定語の係らせ方も明らかに不適切である。

 山根訳はおおむね問題はない。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)やバルタザール・ギノー(1712年)はほとんどそのまま敷衍したような解釈をつけ、周辺諸国を恐怖に陥れる反面、女性には優しく、誰も名乗ったことのない名前を持つ未来のフランス王についての予言と解釈した *3

 その後、解釈する論者はしばらく途絶えたようだが、テオドール・ブーイ(1806年)が、1804年に皇帝に即位したナポレオン・ボナパルトに同定すると *4 、それが多くの論者によって踏襲され、定説化していった。
 確かに「ナポレオン」は歴代のフランス王にはない名前であり、また、苛烈な性格で周辺諸国との戦争を繰り広げたことにもあてはまっている。四行目は、彼の妻ジョゼフィーヌを指すという。
 19世紀に追随した論者にはフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアンリ・トルネ=シャヴィニーチャールズ・ウォードらを挙げることが出来る *5
 20世紀以降にもフォンブリュヌ親子、ジェイムズ・レイヴァーヴライク・イオネスクなど、国際的にも影響力のあった論者たちがナポレオンの予言として解釈してきた *6

同時代的な視点

 エヴリット・ブライラーは、当時の王妃カトリーヌ・ド・メディシス(未作成)の子息エルキュールのことではないかとした *7 。ノストラダムスは、カトリーヌの子息の中でもエルキュールを特別視していたようなので(いくつかの詩にエルキュールのことが織り込まれているという見解は、信奉者の中にさえ支持者がいる)、そのエルキュールが将来立派な王になることを願ってこの詩を書いた可能性も否定できない。ただし、結局エルキュールは早逝したため、フランス王エルキュール(1世)となることはなかった。

 ロジェ・プレヴォはむしろフランソワ1世がモデルになったと見なしている *8 。「フランソワ」はそれまでのフランス王にはない名前であるし、彼は周辺諸国との戦争も行っている。また、異国の女性(カール5世の姉エレオノール)とも結婚している。ノストラダムスがフランソワ1世に強く思い入れていた可能性は、複数の論者によって指摘されているので、少なくともナポレオンよりは遥かに現実的な可能性といえるだろう。
 ブリューノ・プテ=ジラールピーター・ラメジャラーが支持し、リチャード・シーバースも疑問符つきながら、その可能性を示している *9

その他

 1555年の初版が百詩篇第4巻53番で終わっていたため、この詩は1557年に初登場した。1588年ロフェ未亡人版1589年メニエ版1589年ロジェ版では、この詩は詩番号がついていないかわりに、「先行する諸版を越えて追加されたノストラダムス師の予言集。百詩篇第4巻」(PROPHETIES DE M. Nostradamus, adioustees outre les precedentes impressions. Centurie quatre.)という、ほかの版で全く見られない奇妙な題が付いている。


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