予兆詩第24番

予兆詩第24番(旧22番) 1557年11月について

原文

Convy mer close, monde ouvert, cit. rendue,
Faillir le grand esleu nouveau, grand brume,
Patére Floram, entrer camp, foy rompue,
Effort sera severe à blanche plume. *1

異文

Convy mer close 1557Ke : Mer close T.A.Eds.
cit. conj.(BC) : cité T.A.Eds.
le grand 1557Ke 1594JF : le Grand. T.A.Eds.
Patére Floram 1557Ke : Floram patere T.A.Eds.

(注記)1557Ke は『1557年向けの暦』に見られる異文。

校訂

 初出に存在していた冒頭の Convy は以降の全ての版で削られた。これはジャン=エメ・ド・シャヴィニーの判断によるものだが、ピエール・ブランダムールも韻律上の要請から支持している。
 ベルナール・シュヴィニャールが cité を cit. としたのは、韻律上の問題をクリアさせつつ、初出の原文を尊重しようとした結果である。実際、予兆集の中ではこの類の省略は決して珍しいものではなく、同じ1557年向けの詩の中にも14番20番に見られる。

日本語訳

閉じられた海と開かれた世界の祝宴、都市は奪還される。
新しく選ばれた大物は大きな騒擾によって衰える。
フローラが開き、陣営が入る。破棄された信仰。
重圧は白い羽毛には厳しいものとなろう。

訳について

 1行目の直訳は「祝宴、閉じられた海、開かれた世界、奪還された都市」である。しかし、あとで見るブランダムールやシュヴィニャールの解釈などを参考にして、若干言葉を補った。
 2行目 brume を大きな騒擾とするのはジャン=エメ・ド・シャヴィニーの読み方に従ったものだが、ほかにもいろいろな可能性がある。2行目も若干言葉を補って訳している。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは、後半2行を1558年の出来事と解釈し、ギーズ公の軍隊がトスカナ地方のモンテ・アルチノに駐留したこと(シャヴィニーはフィレンツェでないことを認めている)や教皇パウルス4世が約束(foy には「信頼、信義」の意味もある)を破ったことなどを予言したものとした *2
 1行目のうち、「閉じられた海、開かれた世界」は反対語を並べて遊んでいるだけで、「奪還された都市」はフランス・スペイン間の講和によって返還されたチオンヴィルのことと解釈した。
 シャヴィニーは2行目を区切って「大物が衰える。新しく選ばれた者。大きな騒擾」と訳しており、「大物」を1558年9月21日に死んだ元神聖ローマ皇帝カール5世、「新しく選ばれた者」を先んじて皇位を継承していたフェルディナントと解釈した *3
しかし、その一方で、1559年に死んだパウルス4世とその後継者のピウス4世のことかもしれないとしている *4

同時代的な視点

 ピエール・ブランダムールによれば、冒頭の「閉じられた海と開かれた世界」というのは、古代ローマ暦の年間行事から借用されたものであるという。
 古代ローマでは11月中旬頃から翌年3月初旬まで航海をしないことになっており、これを mer clausum と呼んだという。
 また、8月24日、10月5日、11月8日は、ケレス神殿の中にある井戸を通して現世と冥界がつながる日と認識され、これを「世界が開かれた」と表現したという *5
 ベルナール・シュヴィニャールは1行目の convi は、そうした年間行事と結びつく祝宴を表している可能性があるとしている。
 この予兆詩が11月向けであることを考えると、確かに説得力のある読み方といえる。

 3行目「フローラが開く」はシュヴィニャールが示唆するように「フィレンツェが開く(=開城する)」の意味だろう。

 全体として、11月8日もしくは中旬頃に何らかの戦いがあることを描いているように見えるが、詳細は不明である。


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