2038年

 ノストラダムスが2038年の世界終末を予言したとされることがある。しかし、結論を先に述べておくと、それは本来ノストラダムスと何の関係もない詩が、彼に結び付けられたに過ぎない。

原文と対訳

Quand Georges Dieu crucifiera,
Que Marc le ressuscitera,
Et que Saint Jean le portera,
La fin du monde arrivera. *1

ゲオルギウスが神を十字架にかけ、
マルコが神をよみがえらせ、
聖ヨハネがそれをもたらすであろう時、
世界は終わりを迎えるだろう。

概要

 この四行詩はカミーユ・フラマリオンの『世界の終末』(La Fin du Monde(未作成), 邦訳『此世は如何にして終わるか』改造社、1923年)で『百詩篇集』からの引用として紹介されたものである。

彼の解説を引用しておこう。

「かの有名な予言者ノストラダムスは、占星術的予言者のグループには欠かせない存在であった。『百詩篇集』には、多くの解釈の対象となった以下の四行詩がある。
 『ゲオルギウスが神を十字架にかけ、
 マルコが神をよみがえらせ、
 聖ヨハネがそれをもたらすであろう時、
 世界は終わりを迎えるだろう。』
 この詩が言わんとするのは、復活祭が4月25日(聖マルコの祝日)になり、聖金曜日が23日(聖ゲオルギウスの祝日)になり、聖体祝日が6月24日(聖ヨハネの祝日)になるであろう時ということである。
 この四行詩にはいくらかの皮肉が込められている。というのは、1566年に歿したノストラダムスの時代にはまだ改暦が行われておらず(それは1582年のことである)、復活祭が4月25日になることはなかったからである。16世紀には4月25日でなく15日になっており、グレゴリオ暦への改暦によって25日、つまりこの極限の日付になることが可能になった。つまり、ここでの指定が実現した、もしくは実現することになるのは、1666年、1734年、1886年、1943年、2038年、2190年等々となる。」 *2

 ところが、同じ年の増補版と思われるものでは、2箇所に修正と加筆が行われている(下線部が該当箇所)。

「かの有名な予言者ノストラダムスは、占星術的予言者のグループには欠かせない存在であった。とりわけ多くの解釈の対象となった以下の四行詩が、ノストラダムスに帰せられている。
 『ゲオルギウスが神を十字架にかけ、
 マルコが神をよみがえらせ、
 聖ヨハネがそれをもたらすであろう時、
 世界は終わりを迎えるだろう。』
 この詩が言わんとするのは、復活祭が4月25日(聖マルコの祝日)になり、聖金曜日が23日(聖ゲオルギウスの祝日)になり、聖体祝日が6月24日(聖ヨハネの祝日)になるであろう時ということである。
 この四行詩にはいくらかの皮肉が込められている。というのは、1566年に歿したノストラダムスの時代にはまだ改暦が行われておらず(それは1582年のことである)、復活祭が4月25日になることはなかったからである。16世紀には4月25日でなく15日になっており、グレゴリオ暦への改暦によって25日、つまりこの極限の日付になることが可能になった。つまり、ここでの指定が実現した、もしくは実現することになるのは、1666年、1734年、1886年、1943年、2038年、2190年等々となる。この一致が世界の終末を引き起こさないのだとしても。*3

 見ての通り、『百詩篇集』からの引用だと主張していた箇所が姿を消し、作者をノストラダムスとすることに慎重な見方が示されているのである。

 こうして彼は『百詩篇集』との関連付けを取り下げたわけだが、のちの時代には、むしろ元の見解が引き写されてゆくことになる。
 志水一夫によれば、天文学者・物理学者のケネス・ハウエルの著書『世界の終わり―科学的一論議』(1953年)でも、フラマリオンへの言及とともに『百詩篇集』からの引用としてこの詩がとりあげられているという *4
 ウェブサイト「ノストラダムスサロン」では、この詩が『ワルチン版大予言者(未作成)』二見書房、1982年などにも転用されたことが指摘されている *5
 また、ミステリーゾーン特報班『新大予言・世にも不思議な物語』(河出書房新社、2000年)でも言及がある。

 こうした引き写しの中で、当初フラマリオンが候補の1つとしてあげていたに過ぎない2038年が、確定的な終末の期日であるかのように紹介されるようになった。

 このように2038年世界終末説が引き継がれていったが、実際には該当する詩がないとつとに指摘されている。
 この詩を批判的にとりあげた最初の日本人はおそらく志水一夫であろう。彼は当初、フラマリオンの創作らしいと推測していた *6 。ただし、志水はのちにフラマリオンの創作であるかどうかについて、慎重に留保をつけている *7 。フラマリオンを偽作の犯人ないし有力候補とする見解は、インターネット上でも見られた *8

起源

 歴史家ジョルジュ・ミノワ(未作成)の指摘によって、この詩のオリジナルは18世紀前半に出現したものであったことが明らかになっている。
 上で見たように、条件に当てはまる年には1734年が含まれており、このことが当時の人々に終末への不安を掻き立て、いくつもの捏造予言の作成につながったらしい。上記の四行詩もそうしたもののひとつだったらしく、流布されていたものの、作者はよく分からないようである *9

 以上から、フラマリオンを偽作者とすることは適切ではないだろう。もちろん、作者不明の四行詩とノストラダムスを結びつけた最初の人物としてならば、依然フラマリオンが有力候補といえるのかもしれないが、その可能性自体、慎重な検討が求められる。

関連項目



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