百詩篇第5巻29番

原文

La liberté ne sera recouuree1,
L'occupera2 noir3 fier vilain4 inique5:
Quant6 la matiere du pont7 sera ouuree8,
D'Hister9, Venise faschee10 la republique11.

異文

(1) recouuree / recouurée : recouréee 1568A
(2) L'occupera : L'Occupera 1672
(3) noir : n'oir 1627 1644 1650Ri
(4) vilain : lilain 1627
(5) inique : vnique 1627
(6) Quant 1557U 1557B 1568A 1589Me 1589PV 1590Ro 1627 1649Ca 1650Le : Quand T.A.Eds.
(7) pont : Pont 1672
(8) ouuree / ouurée : recouuree 1588-89
(9) D'Hister : D'hister 1650Ri
(10) faschee / faschée : fasche 1653 1665
(11) republique : Republique 1665 1672 1840

日本語訳

自由は元に戻らないだろう。
黒く尊大で卑しく不公正な者がそれを占有するだろう。
ヒステルの橋の資材が加工されるであろうとき、
ヴェネツィア共和国は悲嘆にくれるだろう。

訳について

 山根訳はおおむね問題はないが、3行目「法王の問題がヒスターの耳に入ると」*1は訳しすぎである。matière は英語の matter に対応するので、確かに「問題」とも訳せる。しかし、「法王」(教皇)は、pont(橋)を pontife(高位聖職者)などの語尾音消失と見ないと導き出せない。
 4行目冒頭のD'Hister を3行目に繋げるのは当「大事典」でも行っている読み方だが、「耳に入る」というのはどういう根拠なのかよく分からない。

 大乗訳もおおむね問題はないが、2行目「黒いものに占領され 残忍で悪いやつ」*2は、繋がりがおかしい。その行の否定的な形容詞は、全て同一人物の形容をしていると見るべきだろう。

 なお、3行目の ouvrée を「開かれる」と訳す者がいるが、ouvrir(開く)の過去分詞 ouvert と混同しているだけだろう。
 また、4行目の前半律はVenise までなので「ヒステルとヴェネツィアのせいで共和国は悲嘆にくれるだろう」とも訳せる。ここでは、とりあえずピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールの読み方に従った。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は前半と後半で別々の出来事が予言されているとした。ただし、その前半の解釈はほとんどそのまま言い換えただけで、具体性には乏しい。後半も、ドナウ川の橋の建設工事が完成するときにヴェネツィア共和国が困難に直面するという、あまり具体的でないコメントしかつけられていない。

 アンドレ・ラモンはナチズムがヨーロッパを荒らし、その示唆の下でフランス共和国をイタリア人(「ヴェネツィア」)が悩ませることの予言とした*3

 ロルフ・ボズウェルは、3行目の pont を Pontus Euxinus(黒海)と解釈し、スターリンと解釈した。それを踏まえて、彼はこの詩をヒトラーとスターリンが独ソ不可侵条約を結んで協調したことの予言とした*4

 エリカ・チータムは1930年代のヒトラーとムッソリーニによる教皇の扱いに関する予言と解釈した。彼女は2行目の「黒い」を黒シャツ隊とヒトラーの両方をあらわすものと捉えていた*5

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは、2行目に描写されているのをナポレオン、ヒステル(ドナウ川)をオーストリア人の代喩として、ヴェネツィアがナポレオンに支配された後、オーストリアに支配され、長らく自由を回復できなかったことと解釈した*6

同時代的な視点

 ピーター・ラメジャラーは、当時オスマン帝国がバルカン半島やハンガリーに進出していたことと関連付けている。中央ヨーロッパがさらされていた脅威と関連付けているジャン=ポール・クレベールも同じような見解といえる*7

 ラメジャラーの場合、『ミラビリス・リベル』に描かれたイスラーム勢力のヨーロッパ侵攻のモチーフとも関連付けている。


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最終更新:2009年11月24日 23:26

*1 山根 [1988] p.186

*2 大乗 [1975] p.156

*3 Lamont [1943] pp.196-197

*4 Boswell [1943] pp.193-195

*5 Cheetham [1990]

*6 Fontbrune [1980/1982]

*7 Lemesurier [2003b], Clebert [2003]