百詩篇第5巻32番

原文

Ou 1 tout bon est, tout bien Soleil & lune 2 ,
Est 3 abondant sa ruyne s'approche:
Du 4 ciel 5 s'aduance vaner 6 ta fortune,
En mesme estat que la septiesme 7 roche 8 .

異文

(1) Ou 1557U 1557B 1568A 1588-89 1589PV 1590Ro 1649Ca 1650Le 1668 1672 : Où T.A.Eds.
(2) lune 1557U 1589PV : Lune T.A.Eds. (sauf Lnne 1605)
(3) Est : Et 1588-89
(4) Du : Le 1672
(5) ciel : Ciel 1605 1611B 1649Xa 1660 1672 1716
(6) vaner : varier 1557B, de vaner 1627 1644 1650Le 1650Ri 1653 1660 1667 1668 1840, a changer 1672
(7) septiesme : septieme 1611B 1660
(8) roche : Roche 1672

校訂

 1行目の Ou は、当然 Où になっているべき。
 3行目 vaner について。1557B を底本にしているブリューノ・プテ=ジラールジャン=ポール・クレベールは varier を採用していた。エドガー・レオニも1557B を参照した結果として、varier を採用していた。かつてはピーター・ラメジャラーも同じであったが、彼は1557U を参照するようになってから、vaner を採るようになった。
 varier を採用する方が訳しやすいのは事実であり、下の訳でもそちらを採用した。

日本語訳

全てが良好にして順調で、太陽と月が
豊かにある場所。その破滅が近づいている。
空から急いで変えにやってくる、汝の財産を
七番目の巌と同じ状態に。

訳について

 3行目で vaner を採用するなら「空から急いで欺きにやってくる、汝の財産を」等となる。

 山根訳は4行目以外全て微妙である。2行目の est は前の行の Soleil & Lune を受けているので、2行目「太陽と月のなかで その滅亡が近づく」は誤訳だろう(est は本来 sont であるべきだが、こういう受け方はピエール・ブランダムールなども認めている)。
 また、3行目「そなたが自分の繁栄を鼻にかけていると それは降ってくる」 *1 も、前半部分がどういう根拠の訳なのか、よく分からない。

 大乗訳も全体的に問題が多い。1行目の「城壁のあるところ 太陽あり 月あり」 *2 は完全に誤訳。原文には城壁に当たる言葉がない。ヘンリー・C・ロバーツの英訳も Where all well is, are good Sun and Moon *3 となっていて壁など出てこないが、well を wall とでも見間違えたのだろうか。
 2行目「そこにあるものの破滅は近く」は、abondant が全く訳されていない。
 4行目「七つの丘が同じ状態の中で」は、même...que...の構文が訳に反映されていない。

信奉者側の見解

 アンドレ・ラモンは多くの富を持っていることが多くの悲劇につながる警句とし、「七番目の巌」はローマ七丘にあったタルペイアの岩と解釈していた。かなり漠然とした解釈だが、彼はそれを第二次世界大戦の項目の中で扱っていた *4

 ジェイムズ・レイヴァーは、1、2行目に描写されているのは1867年に万国博覧会を開催した頃のきらびやかなパリとし、それが普仏戦争(1870年)で一変したことと解釈した。エリカ・チータムもそれを支持したが、レイヴァーが『ヨハネの黙示録』と関連付けて解釈した「七番目の巌」については、ローマ七丘のことではないかとした *5

同時代的な視点

 太陽と月が金と銀を意味し、それが潤沢にある場所に破滅が迫っていることを指しているという読み方で、基本線として問題はないだろう。
 問題は4行目の「七番目の巌」である。
 ジャン=ポール・クレベールは、ラモン同様、ローマ七丘と関連付け、その中でもカピトリヌス丘にあったタルペイアの岩のことではないかとした *6

 ピーター・ラメジャラーは、「七番目の巌」を「第七の惑星の錬金術的な石」つまり第七天(土星)に対応する鉱物である鉛のことではないかとしている。金や銀が鉛に変わるというのは、「破滅」の情景にいかにも似つかわしい。
 ラメジャラーは、『新約聖書』「マタイによる福音書」第6章19節に出てくる、地上に蓄財しないようにという言葉と直接的にせよ間接的にせよ関わっているのではないかとし、世界の終末が近いという認識の下で経済的な破局が近いことを警告しているのではないかと解釈している *7
 当時世界の終わりが近いのではないかという可能性は確かに取りざたされていたし、この詩に登場する動詞は全て現在形なので、目前の事態として描かれていると見るのは妥当だろう。あるいは、特定の事件と関係のない一般的な警句として書かれたものかもしれない。


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