百詩篇第2巻46番


原文

Apres 1 grand 2 trouble 3 humain, plus grand 4 s'appreste 5 :
Le grand moteur 6 les siecles renouuele.
Pluie, sang, laict, famine 7 , fer 8 , & peste 9
Au ciel 10 veu, feu 11 courant longue estincele.

異文

(1) Apres : Ap^s 1557U 1557B
(2) grand : grant 1557U 1557B 1568A 1568B 1568C 1590Ro, grand' 1600 1630Ma 1716
(3) trouble : trocle 1557U 1588-89, troche 1557B 1568 1590Ro 1591BR 1597 1600 1605 1610 1611 1628 1649Xa 1672 1716 1772Ri, trosche 1660
(4) plus grand : pl' grand 1557U 1557B 1589PV 1611B, plus grands 1588Rf 1589Rg
(5) s'ap^ste 1555V : s'aprest 1555A, s'app^ste 1589PV, s'appreste T.A.Eds.
(6) moteur : mouteur 1555A 1557U 1568A 1590Ro 1840, Moteur 1603PL(p.37) 1644 1672
(7) Pluie, sang, laict, famine : Pluye, Sang, Laict, Famine 1672
(8) fer : feu 1649Ca 1650Le 1668, Fer 1672
(9) peste : Peste 1672
(10) ciel : Ciel 1716
(11) veu feu : fer 1557B

(注記)^は直前の文字の上に付いた波線の代用。母音の場合は鼻母音を、子音の場合は一部の綴りの省略を、それぞれ意味している。なお、s'ap^ste のみは「原文」欄で使うと見づらいので、後の時代に多く見られるs'appreste で置き換えた。

校訂

 1行目 trouble か troche かについては、前者が正しいと考えられる。ピエール・ブランダムールピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールリチャード・シーバースらはいずれもそちらを採っており、ラメジャラー、クレベールのように troche という異文に一言も触れていない論者たちすら存在する。

 そもそも、1557U などに見られる trocle は単なる誤植だろう。以下の図を見ていただきたい。

【画像】初期の版の比較 *1

 1555V や 1568A では明らかに1行目が2行目に比べて長いのに対し、1557U では無理に1行目を縮めようとして窮屈になっているのが分かる。
 そのために、当時 o と ou が交換可能 *2 (この詩でも moteur / mouteur という揺れがある) であったことを活かし、省スペースのために trouble を troble と綴ろうとしたものの、当時の印刷は隣接する文字の取り違えが多かったので、誤って trocle と印刷されてしまったのだろう。

 他方、1557B にはしばしば文脈を考慮していないとしか思えない誤植が見られるので(この詩の4行目もその一例)、troche は trocle に近い綴りというだけで選ばれた(もしくはうっかり間違えられた)に過ぎないと考えられる。ギリシア語からの音訳で「悲惨」の意味云々という従来の読み方は、深読みのしすぎだろう。

日本語訳

人類の大きな騒擾の後には、より大きな騒擾が控えている。
偉大な原動力が諸世紀を更新する。
雨、血、乳、飢餓、鉄、ペスト、
空で目にされるのは火と、駆け巡る長い火花。

訳について

 3行目の「雨、血、乳」は直訳したが、ピエール・ブランダムールピーター・ラメジャラーエヴリット・ブライラーらの読みに従うなら、「血の雨、乳の雨」となる。「鉄」が武器もしくは戦争の隠喩であろうことは疑う余地がない。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「人類の新芽がめばえ 他の大きなものが手に入り」 *3 は、troche を「新芽」と訳すのが許容範囲だとしても、直前の grand が訳に反映されていない。また、s'ppreste は「準備されている」の意味。
 2行目「モーターは時代を新たにし」も grand が訳に反映されていない。

 山根訳について。
 1行目「眼をおおわしめる惨禍が人類を襲った後 さらに大いなる災厄を見舞う」 *4 は、trocheがかつて「惨禍」と訳されていたことを踏まえるならば、若干脚色しすぎの感もあるが、かつての読み方としては許容されるだろう。ただし、現代では支持できる読み方ではない。
 2行目「諸世紀の大循環が更新されるとき」は、les siecles ではなく des siecles になっている原文に従ったものだが、上の異文欄から明らかな通り、古い版ではそういう原文は見つからず、エリカ・チータムによる改変の可能性が高い。また、moteur を「循環」と訳すことにも疑問がある。

 五島勉が『ノストラダムスの大予言』で示した訳についてもコメントしておく。
 1行目 「人類は莫大な消費に向かう」 *5 は、問題が多い。電子書籍版の前書きでは 「人類は莫大な消費ののち、さらに莫大な消費に向かう」 *6 と微調整されて、構文理解上は許容されるレベルになってはいる。ただし、確かにかつての説に基づくならば、trocheを 「消費」 と訳せる余地もあったが、ある時期以降、復刻版の存在によって初版の原文にはその語が出ていないことを知っているはずの五島が、それに一貫して触れようとしないのは不誠実な印象を受ける。 

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニー(1603年)は、1行目は16世紀フランスのユグノー戦争と解釈し、それがようやく終息したかと思うと更に酷い戦乱が控えているが、神が偉大な君主(すなわちアンリ4世)を通じて時代を刷新して下さるだろうと解釈した *7

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年) は大きな変転の後に神が新しい天と地を創るという約束に従い、時代を刷新することの予言とした。後半2行については、終末に起こる様々な驚異を描写したものとした *8

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年) は蒸気と電気の時代の後に新しい動力の時代が訪れることの予言とした *9
 スチュワート・ロッブ(1961年) も20世紀の話と解釈し、原子力について予言されている可能性を示した *10

 五島勉(1973年) はそれをさらに推し進め、20世紀以降の世界の予言と解釈した。彼は2行目の moteur を当時存在しなかった語として現代のモーターを予言した言葉とし、莫大な消費と結びつく巨大なモーターとは、原子力エンジンのことだとした。また4行目を「空には長い炎を吹き出すものが飛びまわるようになる」と訳し、ロケット出現の予言とした *11

 この五島の解釈を批判した内藤正俊(未作成)は、3行目の描写が「ヨハネの黙示録」第6章8節に剣、飢饉、死が出ていることや「エゼキエル書」第38章22節に疫病、流血、雨、火などが出てくることに類似しているとした上で、le grand moteur は反キリストとも神とも解釈できる余地があるが、moteur が大文字で書き始められていないことから前者であろうとした *12

 エリカ・チータム(1973年) はハレー彗星が見られる1986年ごろに第三次世界大戦が起こることではないかと解釈していたが、実際にその時期を過ぎた後では、その大戦は1990年代に起こるのではないかと修正していた *13
 彼女の著書の日本語版では、原秀人(未作成)による、ニューエイジ思想でいうところの「魚座の時代」が終わり、「水瓶座の時代」に入る20世紀末から21世紀初頭の情勢の予言で、4行目に核ミサイルが暗示されているという解釈に差し替えられた *14

 ヴライク・イオネスク(1976年) は第一次世界大戦のあとに更に酷い第二次世界大戦があったことと解釈した *15

 セルジュ・ユタン(1978年) は「ヨハネの黙示録」で予言された艱難についての描写と解釈した *16

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(1980年)は1980年代に起こると想定していた第三次世界大戦において核兵器が使われることになる予言とした *17
 もちろんこの見通しは外れたが、彼は晩年の著書では2017年までに起こる災厄についての予言という形で修正した *18

 前出の五島勉は、この詩について初巻以降ではそれほど大きく取り上げることはなかった(そもそも初巻にしても実質2ページ強の扱いで、他の詩篇に比べてさほど大きな扱いだったわけではない)。しかし、2011年の東日本大震災を契機に日本の原子力政策が反省と再検討を余儀なくされると、そうした原子力の危うさまでもがこの詩には含意されていたのだと主張するようになった *19

同時代的な視点

 「偉大な原動力」とは世界を動かす存在、つまり神のことである。moteur のこうした用例はノストラダムス以外にも見られた。実際、ニコの辞書(1606年)にはノストラダムスと同時代の詩人ジョアシャン・デュ・ベレーの用例が引用されているし、ジャン=ポール・クレベールはやはり同時代の詩人ピエール・ド・ロンサールの用例を引用している。

 高田勇伊藤進は、ピエール・ブランダムールの読み方も踏まえつつ、驚異を畳み掛けることで、間近に迫った大変動への恐怖を効果的にかきたてているとしている *20 。実際、この詩には 「血の雨」「乳の雨」「天の火」 といった驚異と飢餓、戦争(「鉄」)、ペストという16世紀の三重苦が連続的に描かれており、十分に説得的な読み方といえる。

 ブランダムールやピーター・ラメジャラーは、中世以来予言的な詩句としてよく知られていたウェルギリウス『牧歌』第4篇の次の詩句との関連性にも触れている。

 今やクマエの予言が告げる、最後の時代がやってきた。
 偉大なる世紀の連なりが、新たに生まれつつある。
 今や乙女なる女神も帰りきて、サトゥルヌスの王国はもどってくる。
 今や新たな血統が、高い天より降りてくる。 *21

 これはジャン=エメ・ド・シャヴィニーによっても、つとに指摘されていた。


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  • 第二次大戦で出現したロケット兵器や1960年代の宇宙船事故の予言。moteur は moteur‐fuse'e (ロケットエンジン)の省略形。 乳は「牛乳の道(英語でミルキー・ウェイ)」の省略形で、天の川、 すなわち、宇宙を意味し、血はスペース・シャトルなどの宇宙船の事故を意味している。 支配者の意味としては、毛沢東を指している。ロケットの起源は中国なので。 -- とある信奉者 (2014-12-28 22:51:21)
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