百詩篇第1巻81番


原文

D'humain troupeau neuf seront mis à part 1
De iugement & conseil 2 separés 3 :
Leur sort 4 sera diuisé en depart
Καπ. 5 θhita 6 λambda 7 mors, bannis 8 , esgarés.

異文

(1) à part : àpart 1650Ri
(2) iugement & conseil : Jugement & Conseil 1672
(3) separés : separees 1589PV, separées 1590SJ, separez ?[sic.] 1653 1665
(4) sort : fort 1588-89 1649Ca 1650Le 1668
(5) Καπ. 1555 1840 : Kappa T,A.Eds.(sauf Rappa 1588-89, Κάπ. 1594JF, Cap 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le, Kaph 1668, Cappa 1792Du)
(6) θhita 1555 1840 : Thita T.A.Eds.(sauf θήτα 1594JF, Theta 1672)
(7) λambda 1555 1840 : Lambda T.A.Eds.(sauf λάμβ. 1594JF, Labda 1627)
(8) bannis : bannir 1627

(注記)1792Du はヴァン・デュレン版の異文。

校訂

 ギリシャ文字がそのまま使われている珍しい詩のひとつ。
 Kappa, Thita, Lambda と置き換えるのは意味の上では正しいが、韻律の都合からは支持できない。Καπ. をそのままローマ文字に置き換えると Kap. で、Kappa としたのでは1音節多くなるからだ。
 Kap. としたところで11音節になってしまい1行10音節の四行詩には不適切だが、ピエール・ブランダムールは、λambda の語末の a は発音しないと注記している。ジャン=エメ・ド・シャヴィニーの異文が λάμβ. となっているのは、おそらく同じように判断したからだろう。

日本語訳

人々の群れから九人は離れさせられ、
裁定と熟慮によって分かたれるだろう。
彼らの運命は選り分けられるだろう。
カッパ、テータ、ラムダは死なされ、追放され、苦しめられる。

訳について

 山根訳は後述する解釈に大きく引きずられている。en depart を「出発に際して」とするのもそのひとつだが、16世紀の原文の訳として適切かは何ともいえない。

 大乗訳も訳に反映されていない語が多く、不正確である。また、4行目後半「死は追いはらわれ散らされるだろう」 *1 は不適切。morts, bannis, esgarés はいずれも過去分詞で、「カッパ、テータ、ラムダ」(もしくは「彼ら」などの省略されている主語)を説明している。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは、1588年の出来事と解釈し、そのときに殺された有力者が9人ないし10人いたとした。「カッパ、テータ、ラムダ」は、古代の裁判で Κ が「免罪」、Θ が「死刑」、Λ は「より上級の審理」を意味していたことに対応しているとした *2

 テオフィル・ド・ガランシエールは、「3つのギリシャ文字が何を意味するのかを除けば何も難しくない」とだけコメントした *3

 ヴライク・イオネスクはヤルタ会談の後にポーランド、東ドイツ、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ユーゴスラビア、オーストリア、ブルガリア、アルバニアの9か国が、他のヨーロッパ諸国から分けられ、ソ連の影響下に置かれたことの予言とした。
「カッパ、テータ、ラムダ」は、カトリック(ΚαΘοΛιΚ)の母音省略を指しているとし、それがギリシャ文字で書かれているのは、ローマカトリックだけではなくギリシャ正教をも包括的に表現しようとしたもので、4行目は東側諸国での宗教に対する弾圧行為の描写と解釈した *4

 ジョン・ホーグはチャレンジャー号(スペースシャトル)の発射直後の爆発事故(1986年)と解釈した。
 チャレンジャー号の爆発事故で死んだ宇宙飛行士は7人で9人ではなかったが、ホーグは誤りとしている。ホーグは3行目の en depart を on departure(出発時に)と英訳している。
 「カッパ、テータ、ラムダ」(K, Th, L)は並べ替えて母音を補いサイオコール(Thiokol)と読み、ロケットを製造したモートン・サイオコール社(Morton Thiokol Inc.)のこととした。
 加治木義博もチャレンジャー号の事故と解釈した。彼の場合、9人を死亡した7人と解雇された責任者2人と解釈し、「カッパ」と「ラムダ」はカッパロケットやラムダロケットなどから宇宙開発を連想させる言葉だとしている *5

同時代的な視点

 イオネスクは「カッパ、テータ、ラムダ」は過去誰も解けなかったとしていたが、実際には1724年にカトリックを導く解釈が登場している。
 『メルキュール・ド・フランス』紙に載った「ミシェル・ノストラダムスの人物と著作に関する批判的書簡」でのことである。その中で匿名の著者は、この詩をヘンリー8世時代のイングランドにおけるカトリック弾圧と解釈している *6
 また、エヴリット・ブライラーもカトリックと理解していたが、彼の場合は逆にカトリックによるプロテスタントの弾圧に関する予言ではないかとしていた *7

 ロジェ・プレヴォは14世紀初頭のテンプル騎士修道会事件と関連付けている。
彼は古代ギリシャにおける記数法では、Κ は20、Θ は9、Λ は30を表していたことから、ここではその合計59を意味すると解釈した。そして、この数字は、告訴の対象となった修道会士のうち、異端者になったと見なされて処刑や破門された会士が59人だったことに対応しているとする。
 こうした審理はパリで行われたが、別に分けられてフランス中北部の町サンリス(Senlis)で扱われた者たちがいた。その修道会士は9人だったため、1行目の「9人」はこれに対応するとしている *8
 ピーター・ラメジャラーはこの解釈を支持している *9


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